76 怪物少女と予期せぬ別れ
金属製の大きく重厚な扉が開き、中を満たしていたらしい蒸気が広間に広がる。変態機関車おじさんの興奮した罵声に合わせて重低音が鳴り響き、ランプが連続して灯されて、中から大きな何かが姿を現した。
「うおおおおおおお……ミドスコ鉄道HCミエイ型蒸気機関……車あああっ!!!」
その姿を見て、大興奮し始めるアオリ。変態機関車おじさんは先程までの罵声を静め、アオリに視線を向けた。その目は先程までの発狂おじさんの目ではなく、鉄道を愛する真の仲間を見る目だった。
「ほう……おぬし一目見ただけで判るのか。MCミカイ型と区別がつくとか、見どころのある鉄じゃないか!」
「ははっ! この歴史ある4気筒機関車を知らないわけが……ない! 劣化も少ない、実に良い車体を持っています……ね?」
鼻息を荒くしながら機関車に飛びついて、機関車についての専門用語満載の言葉でさっぱり理解できない何かを語り合いながら、満面の笑顔を浮かべつつ車体のそこいらじゅうを触り、嗅ぎ、撫でまわし始めるアオリと変態機関車おじさん。他の全員が呆然と見守る中、二人のマニアックな会話はヒートアップしていく。
何処かで見た事があるヤバい光景だなぁ……と思ったら、トンタマの鉄道博物館だ……。
「はぁ、はぁ、ふううっ……ミドスコ鉄道HCミエイ型蒸気機関車はこのくらいにして、次行ってみようか、7番~っ!」
「はぁ、はぁ、はぁ、たまらない、たまらない興……奮~~っ!!!」
どうやら変態機関車おじさんは、モンスターボトルの機能を持つ巨大な倉庫の中に、モンスターではなく本物の機関車をしまいこんでいるらしい。完全に変態である。
数字が小さいほど貴重な機関車がしまい込んであるらしく、扉が開くたびに新たな機関車が出てくる。その度に語られ、嗅がれ、触られ、撫でられる機関車。変態機関車おじさんとアオリの間には何らかの友情が生まれようとしていた。
「なあ、マスター……ちょっといいか? みんなも、ちょっとこっちに来て……?」
突然、ファフニルが俺達に円陣を組ませた。アオリは機関車プレイが、6号とフィレは足舐めプレイが大変そうだったので放置である。
「どうしたんだ? 何か、妙な事でもあったのか?」
「いや、そうじゃねえんだけどよ、さっきからずっと気になっている事があってさ、でも……俺がおかしいのかもしれねえから、念のため一旦皆に聞いておこうと思って……」
割と困り顔のファフニル。一体何があったというのだろうか?
「水くさいでちね? 何でも、ドンと聞いて欲しいでち!」
「ぶおお~ん! 私達、仲間でぇす! ドンと来ぉ~い!」
「何なら私の術を使えば、ドンと解決するかもしれません!」
「相談事を聞くのも女神の役割よ~?」
言い出すのを渋っていたファフニルだったが、仲間である皆の暖かい言葉に勇気づけられたのか、その小さなお口を開いた。
「さっきから何台も古臭い機関車が出てくるけどよ、俺、どれもこれも全く同じに見えるんだよな……みんなはアレの区別ってつくの? つくのが普通なのか? 俺、アレの良さも良く解らないんだよ……。あんなのの一体何が良いんだ……?」
「ああ、その気持ち、良~くわかるでち……! 一体何処で見分けているのやら……そもそも見分ける必要があるのかどうかすら……」
「ぶおお~ん……機関車はちょっと臭いですし、たぶん食べられませんから、わたしのようなメス豚には無用でぇす……ぐふふ、頑張れば食べられるかもしれませんけどぉ……!」
「鉄道って、鉄道だぁっ! ていう感想しか無いですよね。乗った事もありませんし……」
「まぁ、人にはそれぞれ色々な趣味があるって事かしらね? 私にもよくわからないけど……」
その時だった。ただ事では済まない、強烈な悪寒を感じたのは!
焦って円陣を解除し周囲を確認すると、いつの間に近づいてきたのだろうか?アオリが額に血管を浮かべ、信じられないくらい吊り上がった目で、これまで感じたことがないレベルのもの凄い重圧を放ちながら俺達を凝視していた。
「「「あっ」」」」
「み、み、みんな、今、何て言って……たの?」
アオリの口から零れ出る言葉と同時に零れ落ちるイカ墨。床に零れ落ちたイカ墨が、床材を溶かしぐじゅぐじゅに変えていくのが見える。
「とても許せない、許されない事を言ってた気がするんだ……けど、聞き間違いだった……かな?
全員が手のひらを返したようになり、機関車を褒めたたえ始めるも、アオリは止まらない。
「いい機会だし、皆に、機関車の素晴らしさ……教えてあげなくちゃ……ね!!」
「ア、アオリちゃん、気持ちは分かるが、一先ず落ち着くがいい! 一般人の鉄道認識は大抵こんなもんだって知ってるだろ? ほら、ほら、おじさんのコレクション、まだトップ3が残っているんだぞお?」
何時の間にかアオリを名前で呼ぶまでに仲良くなったらしい変態機関車おじさんが身を挺してアオリを止めようとするが、いくら一応ボトルマスターとはいっても屋敷に引きこもった鉄道マニアのおじさんがモンスターにかなうわけが無い。
「邪魔しないで! みんなに教えないといけないでしょう、機関車の素晴らしさ……を!」
ドン!と押された勢いで巨大な扉に叩きつけられる変態機関車おじさん。すると、その勢いのせいなのか、機関車の秘密基地だった大扉の倉庫群に、もの凄い勢いでピキピキとひびが入り始めた。
「どうしてだ!? まさかアオリちゃんに負けた扱いになったのか……!?」
「嘘っ!? まだ、トップ3を見てすらいないの……に!?」
モンスターボトルが破壊された時と全く同じような現象が起こり、中に収められていた機関車もろとも変化した光の渦が、変態機関車おじさんを包み込んでいく。
「す、すまねえ! 貴重な機関車を逃がす時間も無い……あ、あ、あああああ~~ん!!!」
「お、お、おじさああああああああ~~~ん!?」
後に残ったのは毎度おなじみ、負け続けたボトルマスターの運命……変態機関車おじさんの肉体を再利用して作り出された、とびっきりの女子中学生である。今回の子はツインテールを結び、体操着カバンを背負っていた。
「あれ~? ここ、何処~? 私……誰なの~?」
きょろきょろと周囲を見渡して、訳が分からないんですけど!という顔をする女子中学生。俺は取り急ぎ女子中学生に中学校の場所を教え、当面の生活費を渡して1階にリリースした。そういやあの中学校、全然様子を見に行ってないけど……大丈夫なのだろうか?今度行ってみるか。
「あ、あ、とっ……ぷ とっ……ぷ3ぃぃぃ……カッコイ……イぃぃ~~……」
突然の出会いと別れにショックを受けて正気を失ってしまったのか、幻のトップ3機関車を眺めて喜んでいるアオリ。まるで幻の料理を見つめるチャーミーのようだ。どんどん豚人間に近づいているぞ、イカ人間……!
廃人状態のアオリをチャーミーに抱えさせて、俺達は他の部屋を探すべく歩き出した。
「ぶおお~ん……? アオリちゃん、醤油とマヨネーズをつけてかじりつきたくなる美味しそうな匂いがしまぁす……!」
顔を紅潮させプルプルと震えて忍耐しているチャーミー。うん、きっと、耐えてくれるはずだ……!!




