74 怪物少女と屋敷の探索
目に飛び込んできた屋敷内は、廃墟物件だとは思えない程度に奇麗に保たれており、立派な家具も色々設置された状態のまま。生活感の無さに違和感を感じる程度で、この屋敷に幽霊が出るとかありえなくない? と言っても良い感じだった。
「よく見ると流石に古びていまちゅけど、それほど傷んでいないでち」
「手入れをすれば、まだまだ全然使えるんじゃないかな……?」
外から見てわかる通り、この屋敷には上の階が存在している。だが、ギルドで知った事前情報によると、屋敷内に階段が見当たらないらしいのだ。
探索を繰り返しても見つからず、天井を突き破ろうとしても何故か貫通出来ず、壁を登って窓から侵入しようとしても、機関車の収納されている門の場所のように、謎の力で押し戻されてしまうらしい。
「それにしてもこの御屋敷、確かに立派なのだが、人が住むには広すぎなんじゃないか?」
「外観よりも広く感じる。これ、魔術か何かで空間を弄ってあるな?」
「壁が破壊出来ないとか登れないのは、そこいら辺の副作用じゃないでちかね…?」
「力で突き破れば、なんとかなりそうな気もするけどなあ」
1階を歩き回ってみて、その広さと複雑さに驚く。外観よりも広く感じるのは、この手の屋敷では良くある話だという。
この世界には薬物投与によって幻覚を見せられているとしか思えない不思議な謎力が色々と存在している。建築時に莫大な金の力と引き換えに謎力をふんだんに使うことによって、割と自由に空間を捻じ曲げて広げることが出来るらしいのだ。
一応存在するので……と渡されていた間取り図は、はっきり言って全く使い物にならなかった。存在する筈の空間が無い。存在しない筈の空間が無数に有る。
「マッ……マスター、見てくださぁい!!! この立派な台所さえあれば、何でも作れまぁす!!!」
長い廊下の先に突然現れた広いキッチンを目の当たりにして歓喜を現しているらしい淫猥なポーズをキメながら大興奮しているチャーミー。確かに立派なのだが、何かが変だ。チャーミーのポーズの事ではなく、この台所……火を使う調理器具が少ないような?
キリコが壁に無数に並ぶ刃物を手に取り、最近は時折見せてくれる本性っぽい鋭い目で構造をじっと観察している。薔薇模様の美しい装飾が成されていて、恐らくは包丁なのだろうが、これで魚を捌くとか野菜を刻むというイメージが全く湧かない。
「……妙ですね。この刃物は切る為の物では無く、刺す為の……?この形って、もしかして効率よく血を抜くため……? 一体、何を調理するために作られたキッチンなのでしょうか……?」
「レム姉、ご自慢の女神力で、この部屋の過去を覗いたり出来ねえの?」
ファフニルが何気なくレム姉さんに話を振った。しかし、レム姉さんは顔面を真っ青にしてうずくまり、今まさに激しい勢いで吐瀉をおっぱじめようという瞬間だった。
「お、お、おげええええっ!!!!」
「お、おい? どうしたんだ!? 大丈夫!?」
「み、見ちゃった、過去…… げええっ!!」
レム姉さんの背中をさするファフニル。女神を名乗る人も吐瀉とかするんだなあ……と思っていたタイミングで、確信に満ちた顔で6号が手を挙げて俺達に話しかけてきた。
「私、今度こそ分かっちゃったかも……!」
6号の膝をぺろぺろと舐めていたフィレがバッと顔を上げ、私は信じていました! さすが6号様でぇす! という興奮した顔で尾を振りながら、太もものあたりを舐め回し始める。
「刃物の形や薔薇の装飾、特徴的な調理器具の数々……聞いた事が有ります。これ、たぶんなんですけど、私とかとは別種の、色々とヤバい吸血鬼が使うキッチンです」
「私も女神力で過去を覗いてみたから間違いないわ。この台所では、過去に大人数が面白半分に血を絞られ、犠牲になっています、……ぐぷっ」
レム姉さんが口を拭きながら涙目で口を開いたが、吐き気が止まらないらしく、直後にまた吐き始めてしまった。
「私の一族では、獲物は殺さずに開放するのが基本でしたね」
6号が少し寂し気な声で語り出した。
「血って、ぶっちゃけトマトジュースでも代用できますし、トマトジュースのほうがおいしいですし……。血も吸える、吸うと特殊な力が使える、ってだけで、何気に私みたいに全く血を吸わなくても平気な個体ばかりなんです。今でも存在する吸血鬼一族は殆どが同じタイプの筈ですが……」
スッとキリコの持っていた壁の刃物を手に取り、薔薇の紋様に指を滑らせる6号。
「昔はこの手の刃物を使って悪戯に人を殺しまくる、レム姉様が吐いちゃうくらいに色々とヤバい吸血鬼、極悪非道モンスターと呼ぶべきな連中が結構居たようですね。具体的な事は判らないのですが、一部の連中などは見た目からして相当にヤバかったらしく、見るだけで漏らしてしまう人が続出したとか。50年くらい前に何故か突然居なくなってしまったらしいのですが、連中の所業のせいで私達程度のなんちゃって吸血鬼でも差別されている気がするんですよね」
「50年前に一体何があったんだろう?」
「はっ、まさか、ここにこのキッチンがあるという事は、生き残りが居るという事じゃ!?」
緊張感が高まる。物陰から襲い掛かってくるめちゃくちゃヤバそうな吸血鬼!なんていう展開になった場合、俺達は漏らさずに生き残れるのだろうか?
「機能拡張マシンの出番でしょうか?はい、変身ベルト!」
フィレが俺の方にやってきて、例のベルトを渡し、そのまま流れるような動きで6号の足に戻って膝の裏を舐める行動に戻っていった。
「おお、これ便利だったもんな。とりあえず変身してみるか……大・発・現~っ!!!」
俺の全身に走る久しぶりの感覚。ほんの少しの時間で、全身には例のボトルマスター専用装備が装着されていた。修理もされているようで、大変に頼もしい。
「その装備と俺達の力があれば、大抵のモンスターには勝てると思うんだけどよ……6号みたいななんちゃって吸血鬼と違って、ガチの、まじもんの化け物なんだろ……? お、お、おばけぇ……? くっ、俺達、大丈夫なのかよぉ~~……?」
ファフニルが眼球をあちらこちらに揺れ動かしながら、不安そうな声を上げた。
戦力として最強レベルの彼女だが、どうしてオバケ話にこんなに弱いのか。そもそも吸血鬼ってオバケじゃないと思うんだが。
「そうだ! マスター、ニンニクを出してください! みんなで食べましょう! 確か吸血鬼はニンニクにめちゃくちゃ弱い筈なんですよ! ニンニクを食った私達が発する異臭のせいで、近づいてくる事すら出来ない筈です!」
なんちゃって吸血鬼こと6号の言葉である。そういえば以前の焼き肉パーティーの際に余った品を、じっくりほかほかに焼いた状態で保存袋に収納しておいたやつがある事に気が付いたので、取り出して皆でつまんだ。
気のせいか、ちょっと泣きそうな顔のファフニルが一気に沢山齧っている。そして、6号も美味しそうにパクついている。なんちゃってとはいえ自身が吸血鬼なのに。言葉に全く説得力が無いぞ……。
折角なので、焼き立てほかほかの状態で保存していたおいしい焼肉や野菜、おにぎりなども出して提供した。皆、あれ? なんでこんなの食べてるんだっけ? という顔だが、美味しそうで何よりだ。
「ぶおおお~~~ん!! こんなのを食べたら、無駄に精力がついてしまいまぁす!!」
「うん、にんにくは美味いが……十字架! 十字架は無いのか? あとはなんだっけ……? せ、聖水っ……?」
「十字架は一応あるんだけど、こんなコスプレオモチャより、口から火炎放射のほうが効くんじゃないの? 火にも弱いでしょ、吸血鬼って」
「私が手をかざした水は聖水になるらしいわよ? 聖水って言っても単なる水だと思うんだけど……」
とりあえず、臨時の焼き肉パーティを開催しつつ装備の能力を使って探索してみたが、1階には俺たち以外に誰もいなかった。だが、上の階には何者かが多数潜んでいる事や、機関車が収納されている半地下室にも何者かが居る事等が判ってしまった。




