73 怪物少女と幽霊屋敷
「そこの君たち、ちょっと良いだろうか?」
話しかけてきた爺さんは、俺の腰に付いたモンスターボトルを見つけてしまい、困惑の表情を浮かべている。
「君も、わしと同じくボトルマスターかね? 冒険者の札も下げているようだが……」
「一応そうなんですが、まさかモンスターバトルの申し込みでしょうか?」
大きく目を見開いて、苦笑いをしながら横に首を振る老人。
「いやいや、わしはもう他のボトルマスターと戦うような年齢ではないよ。会社の用事で来ていたら、先程の君たちの話をついつい横から聞いてしまったのだが、実はわしの会社が所有するとんでもない屋敷があって、長いこと困っているのだ。冒険者の君に相談を聞いて貰えないだろうかと思ったのだが、うーん、まさかボトルマスターだとはな……」
「ボトルマスターだと、何か問題があるのでしょうか?」
俺の質問に、老人は苦笑しながら答えてきた。
「いや、ボトルマスターによくいる重度の変態なのではないか? ……と、心配になってしまってな……」
「まぁ、それが心配になりまちゅよね……」
まぁ、事情は分かる。俺だってこの爺さんが何らかの変態なのではないかという疑念を消すことが出来ない。あの高級そうな服の下は盗んだばかりの女児の下着が何枚も重ねて着用されているに違いないのだ。
とりあえず見てもらったほうが早いと案内された問題の物件は鉄道公社の場所の割とすぐ近くにある、空き地の一角に存在した。結構立派な屋敷なのだが、近寄ってみると長いこと誰も住んでいない様子だ。しかし……!
「マ、マ、マス……ター!? この家、お庭に線路っ……!! 線路が引いてあ……る!!!」
飛び起きたアオリが線路に駆け寄って、瞳にハートマークを浮かべながら全身を線路にこすりつけている。まるで食物を与えられたチャーミーのようだ……。俺の脳裏に『狂気の伝染』という言葉が浮かんだが、恐怖耐性スキルのお陰で恐怖心はすぐに消え失せた。
「そんで爺さん、この鉄道マニア向けっぽい物件の何がとんでもねえの?いや、まぁ、すでにとんでもなく鉄マニ向けな感じがプンプンしてるけど」
線路の上に一本足で立ちながら、ファフニルが問いかける。爺さんは少し考えこんだ後、意を決したように語り出した。
「それがな……もうすぐ始まる時間なのだが、この線路、毎日決まった時間に、幽霊機関車が走るのだ」
「「「幽霊……機関車?」」」
ポォーッ……!!!
シュッ……!シュッ……!シュッ……!
突然、屋敷の大きな門が開いて、中から古ぼけた巨大な機関車が姿を現した。車体からは様々な色の煙が漏れ出している。
「うわ、うわわ~~~っ!!? ききき機関車……だ~っ♡♡♡」
歓喜の表情を浮かべ、両手を広げて機関車に走り寄ろうとするアオリ。しかし、手が触れるか触れないかの位置まで来ると、何故かそれ以上進むことが出来なくなるようだ。地面を蹴って進もうとしているが、どうしても車体に触れることが出来ない。
「見ての通り、これが幽霊機関車だ。誰も乗っていない筈だし、鉄道公社からの燃料補給もされていない。だが、毎日決まった時間になると勝手に走り出し、最後は門の中に消えていく」
「アヘェッ!! 機関車~っ♡♡♡ 機関車~っ♡♡♡ ふあああっ!! 機関車~っ♡♡♡」
何とか機関車に触れようと努力するアオリの身体から、普段は隠されている10本の手足が全て露出して必死に頑張っているが、どうやら無理のようだ。
「どうしても車両に触る事すら出来ないじゃろ。不思議な力に遮られてあの門の中に入ることもできない……これがもう50年続いている」
困り顔の爺さんに対して、アオリの顔にはヤバいくらいの輝きが戻ってきていた。機関車の吹き上げる蒸気に合わせて体を揺さぶり、口からは聞いたこともない不思議な歌が流れ始めている。ヤバい。このイカむすめは本格的にヤバい気がする!
「機関車だけでなく、あの大きな屋敷も問題だらけだ。内部では幾多の不可解な現象や、幽霊らしき謎の存在の目撃情報が相次いでいて、もはや誰も住もうとしない。深夜もお構いなしに走る幽霊機関車の騒音のせいで、ここいら一帯はもうずっと空き地のままだ」
「もしや、その幽霊を退治すれば、この屋敷に住んでもよいとかいう話でしょうか?」
気になったので聞いてみると、少し意外そうな顔をする爺さん。
「幽霊機関車を止めてくれないかという相談のつもりだったのだが、中に入って幽霊退治までしてくれるのなら、あの幽霊屋敷も進呈できると思う。ただ、実際に退治出来るのかどうかは判らんし、幽霊屋敷に住みたいとか変態性を疑ってしまうが……」
その後、爺さんから現状で判っている情報を聞き出し、準備を整え、早速屋敷の前に再度集結した。
ちなみに爺さんはこれまで何度も機関車停止の依頼を出していたらしいのだが、全て失敗に終わっているらしい。仮に失敗しても契約上の最低賃金は支払われるとの事なのだが、そもそも屋敷は満足に探索すらできないという話も浮上してきた。
「幽霊なんて、この世に居ませんよ?」
さて、これが今回の話を耳にしたレム姉さんのお言葉だ。
「私は女神だから知ってるの。ああいうのは、全て現実にはありえません。ミライくんをこっちの世界に存在させている方法だって、幽霊とかオバケとかいう幻想を呼び寄せたわけではなく、6次元の輝きの中に並列して存在していたミライくんの意識を、女神パワーでちょいと引き寄せただけですからね?」
「ハハッ! そ、そ、そうだよな、オバケなんて居るわけがねえよ! ハ! ウハハッ!!」
妙に強がるファフニルだが、俺だけでなく皆はこれまでの共同生活で知っている。彼女が意外とオバケとかの話に弱い事を……。
「ぶお~ん……? でも、そうなると目の前のオバケ屋敷の幽霊さんは、どういうことなのでしょう?」
「あっ? もしかして、誰かが作り出した何らかのからくり屋敷という事でしょうか?」
キリコが何やら嬉しそうな顔をした。彼女の事は今でもよく分からないのだが、どうやら忍者みたいな存在らしいので、からくり屋敷とか大好きなのかもしれない。
「あ、あの……実は、なんですが」
何やら申し訳なさそうな顔で、フィレを纏わりつかせている6号が手を挙げる。
「私、犯人分かっちゃったかも……」
足をぺろぺろと舐めていたフィレがバッと顔を上げ、さすが6号様でぇす!という興奮した顔で尾を振りながら膝から上のあたりを舐め始めている。
「おお、やるな6号、俺もボトルマスターおじさんの仕業だと思ってたぜ!」
「あたちも、多分ボトルマスターおじさんが暴走した結果だろう? って思ってまちた!」
「あああん……機関……車……機関……車……っ!!!」
「ぶおおお~ん!? 一体どこの誰でぇす? これじゃどうせボトルマスターおじさんの犯行だとみんなが思ってしまいまぁす!」
「私もてっきりボトルマスターおじさんの犯行かと……違うんですね!? 一体何者なんでしょうか!?」
「ていうか犯人ってボトルマスターおじさんじゃないの? 私もそう思ってたんだけど」
皆の褒めたたえる声に、慌てた顔で6号が口を開く。
「えっ、えええっ、いや、その、私もボトルマスターおじさんが犯人じゃないかな……って……」
まぁ、そう思うわなあ。
「皆がそう思うのは当然だし、正直なところ俺も他のボトルマスターが犯人だと思っている。だが、決めつけは良くない事だからな。ちゃんと確認して、幽霊騒ぎを収束させ、屋敷はともかく機関車を手にいれようじゃないか」
「ふああああんっ!! 機関……車ぁ!!! 機関……車ぁ!!!」
気のせいではなく徐々にチャーミーに近い存在になりつつある感じのアオリの喜びの声に包まれながら、俺達は幽霊屋敷の大きな玄関扉をゆっくりと開けた。




