70 八人の少女、さよならトンタマ
荷物をまとめてゴールデン・トンタマホテルを出た俺達を、股間の竿に何らかの生き物の角をはめ、乳首に取り付けた貝殻以外はほとんど裸のおじさん達がぐるりと取り囲んだ。
言うまでもないが、案の定、全員が腰にモンスターボトルらしき物をぶら下げている。
何処からどう見てもボトルマスターだが、もしかしたら違うかもしれない。決めつけは良くないので、今はまだ謎の裸おじさん達だ。
「グフフッ、見てくださいボス、このクソガキどもですぜ! ミドルスコールから流れてきたっていう命知らずのボトルマスターは!」
「オラ、オラ!ガキども、俺達とバトルの時間だぜ! ケツを出せば叩いてやるぜぇ!」
「こいつを我々『角竿貝殻乳首団』が倒せば、賞金ががっぽり手に入るって寸法ですぜ! ボス、俺達の力で、やっちゃいましょう!」
角竿貝殻乳首団を名乗るおじさんたちの間から、ボスと呼ばれているおじさんが姿を表す。
ボスおじさんの見た目は他のおじさん達と大して変わらないが、角がやけに大きく、その反面、乳首の貝殻が小さい。そして、露出した胸には大きく『ボス』と書かれていた。
「うん、まぁ、勘違いを心配する必要も無いくらい、見るからにボトルマスターおじさん達だな……」
「どうするんだマスター、馬車が来るまでにはまだ時間があるけどよ、こいつら……どう見ても弱いぞ?」
その時、6号に向かって、不敵な笑みを浮かべながら、ボスおじさんは指を刺してきた。
「ふむ……大した連中ではないのだが、あの女児モンスターは吸血鬼だ。最初に吸血鬼を倒せば、連中の回復手段は失われる!」
「なんという博識! さすがは角竿貝殻乳首団最強のボスです!」
「オラッ! お前ら! まずはあの吸血鬼を倒すぞ!」
意外な事に、ボスおじさんは俺達の回復手段の乏しさを見抜いていた。
「えええ……? マスター、私……そんな簡単なザコに見えますかね……?」
「6号はパッと見が吸血鬼というより、グルメリポーターみたいだからかも……?」
彼らの前に次々と発現する、いかにもザコっぽいボトルモンスター達に、裸おじさん達が吸血鬼退治の武器を手渡していく。
「十字架だ! これを持って突撃するんだ!」
「アジトで栽培してるニンニクだ! これを齧って、息を吐きだせ!」
「銀のナイフだ! これで切り付けるんだ!」
全て、6号には耐性があり、全く効かない物ばかりだ。迷惑そうな顔をしている6号に向かって一斉に襲い掛かってくるザコモンスター達の間に、立ちふさがる一人の少女。フィレの顔は青筋を立て、カンカンに怒り狂っていた。
「ろ、ろ、6号様に!? 一体……どのような狼藉を働くつもりなんでぇす!!?」
そう言うと、両手に持った試験管から、目の前に液体をぶちまけるフィレ。液体が混ざると、赤と青だった液体が黄色に変わり……。
「あっ、駄目っ! これヤバい! 【女神バリア】ッ~!!!」
レム姉さんから発された巨大なシャボン玉のようなものがフィレ以外の俺達全員を包み込み、念のため俺もスペシャル・マシン・シールドを張ろうとした次の瞬間、黄色い液体から驚くほどの速度で膨れ上がった泡が、敵モンスター達とフィレを飲み込みながら、目前を埋め尽くした。
一体どういう仕組みなのか判らないが、泡の粒一つ一つが包み込んだ生き物を千切り取って消滅させていくらしく、泡の中でもがき苦しみながら消えていく敵モンスター達とフィレ。
完全消滅までには10秒もかからず、泡もスゥッ……と消えていった。
「……お、おいおい、レム姉のバリアが無かったら、俺達もあの中に包まれてたんじゃねえの?」
「フィレ自身は死にまちたからね。敵味方の区別は無い兵器……まぁ、こっちには届かなかったし、フィレはすぐに蘇るんでちゅけど……」
「ぶおおお~ん!! 大切な6号様に乱暴を働こうとする無法者は、こうなるのでぇす!」
気が付けば6号の足をぺろぺろと舐めていた、新しく発生したフィレが胸を張って主張した。
「そ、そんな!? いやだっ!! 俺はまだやる事がああああ~~~ん!!!」
「角竿貝殻乳首団が、こんなああああ~~~ん!!!」
「俺はアジトに帰って、ニンニクの世話ああああ~~~ん!!!」
「「「あ、あ、ああああ~~~ん!!!」」」
次々とモンスターボトルが砕け散り、恐ろしい勢いで発生した虹色のキラッキラの光に包まれて、おじさん達がとびっきりの女子中学生に変化していく。何度見ても慣れない、恐ろしい光景だ。
発生した大人数の女子中学生達全員を乗せられる程の馬車は出ていないので、とりあえず全員に中学校の場所などを書いた紙と同時に多めのお金を渡し、その場を立ち去った。そのうち勝手に中学校まで辿り着いてくれるだろう。
「最後の最後でまた新しいボトルマスターが出てくるとは……トンタマにはまだまだ未知のボトルマスターおじさんが眠っていそうな感じがするな。折角だから、もう少し旅行を延長……」
そう言いかけた俺の目前に、怪物少女たちが詰め寄ってきた。
「俺、ミドルスコールに帰ったら、マスターといっぱい大浴場に行くんだ!」
「大満足亭に行って、記憶を失うまで思う存分食べまちゅ!」
「機関車っ!! 機関車との暮らし……シュッシュ、ポッ……ポーッ!!」
「ぶおおお~ん!! 都会の豚の餌、楽しみでぇす~っ!!」
「都会の暮らしも捨てた物じゃ無かったというか、最高だったんだなあって……」
「ぶぉっ!! ぶぉっ!! 6号様のおみ足の味っ!! 最高ですううんっ!!」
「……私、この無限舐められ暮らしに、慣れる日が本当に来るんでしょうか……?」
「充実した女神活動の為にも、都会で英気を養わないとぉ!!」
都会への帰還を望む言葉を吐き出す全員の目が座っている。その凄まじい剣幕に、あっ、この子達……もしかして、トンタマでの暮らしの事を……! と気が付いた俺は、それ以上トンタマに留まる選択肢について言う事を止めた。
馬車に揺られて、ミドルスコールに戻る皆の顔に、徐々に自然な表情が戻ってきたような感じがした。そういえば、何故か皆、旅行の最中は笑顔を絶やさない感じだったのだが、今思うとあの硬い笑いは自分たちの心の中に発生する負の感情を誤魔化す為の作り笑いだったのだろうか……。
目を閉じると、トンタマでの色々な思い出が蘇ってくる。それら全てが良かった探しをしなければ割とキツい体験ばかりだった事を、そういえば考えないようにしていたかもしれない。
ふと、俺の顔にも硬い笑顔が浮かんでいる事に気が付いた。ほっぺをパンパンと叩いて、正気を取り戻す。
いやぁ、すごい場所だったな……トンタマは。




