69 八人の少女、トンタマの暮らしを振り返る
ゴールデン・トンタマホテルに戻った翌日。その日はトンタマに来て初めての雨だった。
トンタマサバイバルの記述によると、トンタマの雨の日は特に何もすることが無いらしい。
豚人間達は降り注ぐ雨粒で体が冷える事を嫌い、家の中でゴロゴロしているのだそうだ。流石に飲食店や銭湯は営業していたが、殆どの施設が雨の日は大抵お休みなのだという。
手伝える補修工事はほぼ終わっていたので、今日は俺達も休憩を兼ねてぐうたらと過ごしてみた。贅沢を言わなければこのホテルでも様々な事が出来る。商品はすごく少ないが売店もあるのだ。
俺は売店で売っていた豚人間向けの小説本を読んだのだが、大まかに内容説明すると、太った豚女が豚男に恋をし、努力と根性でダイエットをするのだけど、豚男は太った豚女の事が好きで、最後は相思相愛の二人で好きな物をたっぷり食べて肥えに肥えながら沢山の子供を作って幸せに暮らしました!という話で、最早どういう感想を言ったらいいのか分からなかった。
「明日到着予定の馬車でミドルスコールに帰るけど、みんな、トンタマはどうだった?」
なんとなく、夕食と風呂を終えてふとんで好き勝手にゴロゴロしている皆に問いかけてみる。
「うーん、俺は案外嫌いじゃなかったぜ。飯もうまかったし、思ったより楽しめたからな」
「豚人間の暮らしぶりが良くわかって、割と面白かったでちね」
「機関車ぁ……! 機関車ぁ……!」
「ぶおおお~ん!! 美味しいものがいっぱいで、また来たいでぇす!!」
「割と静かな場所が多くて、心が和む感じがしましたね」
「えーっと、私は…… 私はね、なんだろう…… どうしてこんな事に……」
「はぁ♥はぁ♥ 6号様の御御足っ♥♥♥」
困惑顔の6号と、6号に触れたり舐めたりすることを禁止されて一定の距離を取ってはいるが、すぐにでも足にむしゃぶりつきそうな顔つきのフィレ以外は、意外と満足げだ。
「タンザナイトの一件も、終わってみればいい思い出になったかもしれないわね。まぁ、ポロリは病院送りになっちゃったままなんだけど」
病院送りどころか目の前で消滅した女神が何人か居たと思うのだが、そういえばあの人たちって死んでないらしいけど、一体どうやって復活するのだろうか……?
「あのぉ、豚の餌なんですけど、ミドルスコールでは手に入らないでしょうかねぇ……? 場合によっては、あれの作り方をマスターしてから帰りたいでぇす!」
チャーミーが目の前に豚の餌を妄想しているのか顔面を紅潮させプルプル震えながら口を開く。その件は割と心配していた。朝の豚ドリンクは俺でも作れそうだったが、豚の餌のちゃんこ鍋食はかなりハイレベルな代物だったからだ。
チャーミーは豚の餌の事が本当に心の底から気に入ったらしく、場合によってはトンタマに置いていき、料理修行が終わった頃合いで迎えに来なければならない。
「あっ、それなんですけど、有るらしいですよ、ミドルスコールで同じ物を出している店。店長の豚おじさんが修行していた店だそうですけど、ホテルの近くにあるらしいです」
「ぶおっ!!やりましたぁ!!ぶおおおおおお~~~ん!!」
笑顔のキリコに向かって大きく股を広げて喜びを全身で表すチャーミー。うん、まぁ、女児体に戻っていてくれて本当に良かったな……と思う瞬間だ。
「ミドルスコールには、機関車……機関車は無い……の?」
「いっその事、ミライくんがミドルスコールに家を建てて、そこに線路を引いて、中古の機関車でも置いちゃえばいいんじゃない?お金だってあるんだし」
「ハハハ、そんな事……」
出来る訳がない、と言いそうになったが、途中で止める。レム姉さんの軽口を聞いたアオリの瞳が、これまで見た事の無いくらい大きな夢と希望に溢れ返り、キラキラと輝いていたからだ。こんな目をした人の前で、夢を壊すような発言をするのは流石に宜しくない。
俺は鉄道マニアではないので詳しくはないが、確か機関車の中古は実働できない物ならそんなに高価ではないらしい。この世界でもそうなのかは知らないが、俺のお金生成スキルがあれば普通に購入は実現できてしまうだろう。管理や維持をどうするかという問題の方が大きいのだが……。
「ふふっ、トンタマは色々と大切な事を教えてくれたな。明日にはお別れだと思うと寂しくなるぜ」
「もうちょっと居てもよかったでちゅね!」
「機関車! 機関車! 機関車との暮ら……し!!」
皆の明るい笑顔を見て、俺は今回の旅の成功を感じていた。
「とりあえず、皆、トンタマ旅行を楽しめたみたいで良かった。実は明日の馬車が雨でぬかるんだ道路の影響で来られないかもしれないという連絡を受けていて」
「「「「「「「「えっ?」」」」」」」」
「帰りが延期になるかもしれなかったんだけど」
「「「「「「「「えっ?」」」」」」」」
「この調子なら延期でも大丈夫だな…… ちょっと宿泊の延長が出来るか聞いて…… うわっ!? 何だ!?」
「いや、いやいや!! 何としてでも帰ろうぜ!!」
「帰る!!! 絶対に帰りまちゅ!!!」
「帰る……よ!! 機関車が待ってる……!!」
「ぶ~ん……!! ミドルスコールのホテルの暮らしぃ……!!」
「雨になんて負けません! とにかく帰りましょう!」
「帰るしかありませんよ! 美食の園に……!!!」
部屋を出ようとした俺の体を笑顔のまま表情が固まった全員が引き留め、布団に引きずり込んできた。もみくちゃになった俺達は、暫くじたばた暴れた後、疲れがたまっていたのか、そのままぐうぐうと寝てしまった。
そして、翌朝を迎える。




