68 八人の少女、トンタマのあっさり餌を食べる
元気いっぱいのレム姉さんに比べて、ポロリは意識不明のままなので、例の光に包まれて天界の病院に運ばれていった。居る意味は殆ど無い人だったが、楽しそうに下界で暮らしていたので、そのうち戻ってくる気がする……。
とりあえず後の始末は寝てから考えようと思っていたのだが、数々の戦闘の末に色々な部分が破壊されて最後は盛大に焼けこげたゴールデン・トンタマホテルでの就寝には流石に無理があり、一時措置としてホテルマンの紹介で近場にあるトンタマシルバーホテルという宿に泊まることになった。
なった筈なのだが……。
辿り着いた場所にあったのは、トンタマシルバーホテルという看板がついているだけの、トンタマに建て並んでいる他の住居とあまり変わりがない、普通の竪穴式住居だった。
この周辺の柵に囲まれた中の竪穴式住居は、全てトンタマシルバーホテルの部屋という事らしい。いや、しかし、これをホテルと呼んでいいのだろうか?
「こりゃ、すげえな……? さすがの俺も、竪穴式住居は初体験だぜ……」
「とはいえ、今晩はここに泊まるくらいしか手が無いでちゅ……」
「まぁ、牢獄の暮らしに比べたら、天国みたいなもの……だよ」
部屋というか家というか、色々と謎の空間に入ると、意外な事に内装は板張りで快適な空間だった。予想していたキャンプ的な環境とはまるで違う、思ったよりも文明的な建物である。
昔、学校で勉強した竪穴式住居は、暖房と虫除けの為に中央でたき火が焚かれているイメージなのだが、この竪穴式住居はフローリング的な床や畳のようなものが敷かれ、わりと近代的な作りだった。ゴールデン・トンタマホテルに比べると色々な所がどうしたって質は落ちているのだが、家の外観から想像された劣悪な環境からすると、アオリの言ったとおり天国のような環境である。
「ぶおお~ん!汚れずに床でゴロゴロできまぁす!」
「なるほど、管理や維持には魔力を使ってるみたいですね。虫除けもされていて、寝るには文句がありませんね」
「間取りも何もない単なる空間だけど、思いの他居心地が良いわね……豚人間達って案外良い所に住んでるのかしら……?」
部屋には既に布団が準備されていて、俺達が出来る事は寝るだけだった。
「はぁ、疲れたな……ああそうだ、なあマスター。寝る前にモンスターボトルを出してくれねえか?」
大人の姿に戻っているファフニルが、双丘をぷるぷるさせながら急に言い出したので、驚いてドキドキした心を隠しながら取り出した。
ベルトとの固定具にもなっている蓋を外してちゃぶ台の上に置く。モンスターボトルで思い出したが、俺、今はこの場にいる誰とも契約が結ばれていないのだな……。あれ?そうなると、俺って今、ボトルマスターじゃないんじゃないの?
そんな事を思っていると、満面の笑顔を浮かべたファフニルが、ボトルに指を突っこんで。
「よーし、いくぜっ!?ご奉仕するにゃーん!!」
眩い光に包まれたファフニルは、あっという間に見慣れた女児モンスターに姿を変える。スラリと長い足やぷるぷるする胸など存在しない、いつも通りの完璧な乱暴女児モンスターだ。
「あっ、ズルいでち!あたちだって…… ご奉仕するにゃんっ!」
「アハハ、私も…… ご奉仕するにゃ……ん!」
「ぶおおお~ん!!ご奉仕するにゃ~んっ!」
「あ、あ、あ…… ご奉仕するにゃん~っ!!」
「不束者ですが…… ご奉仕するにゃん!」
「うひ、うひひ、6号様と同じ立場になりまぁすっ!ご奉仕するにゃん!!」
全員が光に包まれて、見慣れた女児の姿に戻っていく。大人の姿の方が正しい彼女たちなのだろうけど、皆、子供の姿の方が色々と有難いのかもしれない。ちなみに一人余計な子が混じってしまったが、まぁ仕方があるまい。
「へへへ…… 契約しておけば、お互いを守りやすいからな。それに、これでマスターの収入の1割はあたしのもんだぜ!」
「ああ、そういえばそういう話もあったな……。そういえば俺、使ってるお金は全部スキルで出してるんだけど、そもそも俺に収入ってあるんだろうか?」
えっ?という顔で俺を見るレム姉さん。
「ボトルマスターなんだから、他のボトルマスターや上位存在との戦闘の度に、天界からのお金が振り込まれている筈よ?モンスターボトルの中に倉庫があって、そこに通帳とか旅道具のあれこれが入ってる筈だけど……」
「倉庫の事は知ってたけど、あの中に通帳があるとかはじめて聞いたよ……」
ボトル倉庫から現実世界に物を出し入れするのは簡単で、鍵替わりの暗号を思い浮かべながら出したい物を思い浮かべればいいらしい。だが、俺は暗号を知らなかったので、まぁいいやと後回しにしていたのだ。
教わった暗号と共に、とりあえず通帳を出してみる。確かに俺名義の通帳だが、記帳をしたことがないので一体いくら振り込まれているのかは分からなかった。
今だとモンスターが7人いるから、1割ずつ持っていかれて残りの3割が振り込まれているのだろうか? このモンスター女児達って自分名義の銀行口座とか持ってるんだろうか……?
前に通帳がどうのこうの言ってた気がするし、段々と気になってきてしまう。ミドルスコールに戻ったら、暇なときに銀行にでも寄ってみよう。
翌朝、目が覚めた俺は、とりあえず朝食の準備を始めた。このホテルには食事のサービスが付いていないのだ。
外に出て携帯用キッチンを出して調理を始める。材料は時々用途も考えずに買っていたので多少は持っているのだ。どういう仕組みなのか良くわからないが、保存袋のお陰で劣化もしない。
わかめごはんと芋の味噌汁に、焼き魚に大根おろしを添えた物と浅漬けを用意した。飲み物はお茶かりんごジュースで良いだろうか?
豚の二人向けには甘いものを用意した方が良いことが解っていたのだが、事前に準備している物が無かったので、とりあえず即席お汁粉の準備。
出来上がる頃には皆が起きてきて、配膳などを手伝ってくれた。みんな揃って、いただきま~す!
不可抗力とはいえ責任を感じてはいたので、昼前には破壊された町の修復作業を手伝い始めたのだが、基本的に簡単な木造建築だからなのか、豚人間たちの結束力が強いのか、具体的な理由はよくわからないのだが、三日後には割と綺麗な状態に戻っていた。
噂には聞いていた昼のあっさり餌というものを頂くことにも成功した。偶然、鉄道記念博物館の館長姉さん一家と出会い、いつぞやの礼にとお昼ごはんを頂けることになったのだ。外見では飯屋だと全くわからない竪穴式住居に入ると、普通の飲食店が経営されていた。豚人間たちはそういう事の判別を建物から漂ってくる匂いでしてしまうらしい。
「ひいいいんっ!? それじゃあ、町中で雌豚が普通のおうちから感じていた、素敵そうなあれやこれやは、やっぱり食べ物を売っているお店だったんですかあっ!?」
ショックのあまり卒倒し、ギュッと丸まってしわくちゃの顔になって悲しむチャーミーの口にあっさり餌を近づけると、匂いをくんくんと嗅いだ後、パァッ!と明るい表情になり、まるまった身体はだらりと伸び、ヒュン!と吸い込んでムシャムシャと食べてしまった。
あっさり餌の正体は、良くわからない謎の綿飴だ。
この世界に来てから謎の食い物を幾度か目にしてきたが、この謎綿飴は本当に訳がわからない。濃密な綿飴で、上から様々な味のソースがかかっていて、食べると胃にずっしり来る。それでいて味わいはあっさりなのだ。
「マズくはない。むしろ美味しいんだが、わけがわからん。何なんだろうなこれ……?」
「えっ?これ、言われてみれば確かに材料も調理道具もヘンテコですが、慣れればポップコーンを作る感覚で作れますし、トンタマならどの家でも作って食ってますよ?……はぁ、都会には無いんですか…… そうですか……」
館長姉さんが、うふふっ……トンタマの闇を感じてしまったわね!という顔で語った。




