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もんもんモンスター  作者: 猪八豚
大怪物旅行
66/150

66 0人の少女と豚一頭、トンタマでの闘争(ファフニル)

 彼女は、何事にも悩まず真っ直ぐ一直線に突き進む、向こう見ずで、がむしゃらで、猪突猛進な、善人とはとても言えないのだが、悪人とは呼べないような……一つだけはっきりしている事は、脳筋な女だという事。


 ただし、良くわからない事も多い。彼女の口調は時々驚くほど酷いのだが、その割に生活態度がまともなのだ。仲間たちの中では食事中の姿勢などが一番良いし、街を歩く時の態度、部屋での佇まい、風呂の入り方、夜の寝姿など全てが不自然なくらいに礼儀正しすぎる。


 これまでの俺に対する態度から、ファフニルが俺の事を好きだという事は判っている。ただ、俺は、今見ている世界の全てが何らかの薬物によって強制的に見せられている幻であるという判断をしていて、そんな中で好意を寄せられても……という気持ちが強かったのだ。


「ファフニル、お前も俺を殺そうと思っているのか?」

「そうなんだよマスター、俺にも訳が分からねえんだけど、なんか知らねえ間に、そういう事に決まっていたらしいんだ……」


 頭をぽりぽり掻きながら、バツが悪そうな顔で俺に宣告するファフニルが一瞬で姿を消し、気が付けば俺の後ろに立っていた。以前から抜群に戦闘能力が高かったが、とんでもない速度だ。シールドの展開は間に合うだろうか?


「だからさ、俺は決めたんだ……よっ!と」


 俺の体にかかる強烈な加速を感じる。しかし、それは攻撃を受けたのではなく、ファフニルに後ろから抱えられて、彼女の翼でホテルの上空に飛び上がった事によるものだった。


 夜のトンタマの光景が瞳に映る。大きな建物は数えるほどしかないが、こうしてみると数えきれないくらい多くの竪穴式住居が建てられていて、どの家からも美しく暖かな光が漏れていた。


 地上の明かりと空の星々の光が交じり合い、幻想的な光景を産み出している。沢山の豚人間達が、この集落で生活しているのだ。


「なあマスター、俺と一緒に、どこまでも飛んで逃げようぜ! 決まり事なんて知ったこっちゃねえ、俺は、……私は、あなたの事が……」

「みんなを置いては行けないよ。それにファフニルだって、その尻の洗脳魔道具を排除しないと……」

「みんな?……ははぁ、マスター、おめぇ、あいつらに誘惑されてるんだな? うっ……浮気者~~~っ!!」


 突然、ファフニルの様子が変わり、俺を地上に投げ飛ばす。緊急着地という警告が脳内に流れ、装備が俺の身体を防衛する姿勢で地面に衝突した。相当な衝撃が伝わってくるが、俺の身体は一応無事だ。


 何とか無事に着地は出来たが、装備の耐久力は相当減り、色々な所が壊れてしまったらしい。脳内に装備からの警告が流れる中、周囲が何故か昼間のようにどんどん明るくなり、上空からの異様な熱を感じて天を仰ぐと、上空に居たファフニルの口から、恐ろしい程に綺麗な光と質量を持った何かが、今まさに、俺に向かって、これまでの人生で見たこともない、おそらくは見た瞬間に死ぬであろう壮絶な勢いで発射される、死刑宣告の瞬間だった。


「すっごい……」


 呆けた俺の口から思わず出た言葉だ。本当にすっごい。あれが俺に発射されたら、確実に俺は死ぬだろうに、その恐怖を上回る程の美しい光景だった。


 次の瞬間。目に映る全てが真っ白になる。


 凄まじい破壊力の塊が、自動展開したスペシャル・マシン・シールドと正面からぶつかり、火花となって跳ね飛ばされたエネルギーが辺りを焼き焦がし、めちゃくちゃに破壊していく。まるで超巨大な線香花火だ。火が付いたホテルや豚舎からは騒ぎが起こっている。


 防御していた時間は実際にはあっという間だが、異常に長く感じた……。


 シールドは俺の命を守る事が出来たが、壊れかけの装備を守る事はできなかったらしい。装備からの警告は破損やエネルギー切れだらけで、俺はもう使えない単なる錘になってしまった装備を外した。


 残っているのは腕に付いているエネルギー切れ寸前のスペシャル・マシン・シールドと、ウルトラ・マシン・モルヒネという注射器のような痛覚緩和装置だけだ。


 恐怖耐性の力が俺の身体を止めずに動かしているが、本来ならば俺はもう気絶している……。


「ひょえええっ!?何よあの子、モンスターなのに神クラスの戦闘能力があるんじゃないの!?神王を焼いたとかいう話は聞いてたけど、確かにこの火力なら……!?」


 暑いのか、全身から汗を噴き出しながらヌガー様が驚愕している。それでも怪しげな踊りや撮影を止めないのだから、お金の力って凄いな……。


 ふと、声に気が付いて空を見上げると、そこでは……大人に戻った筈の彼女が泣いていた。


「あ、あ、あああ、俺のっ……!? 俺のせいでっ……!!!」


 瞳から溢れる涙を両手でごしごしこすりながら、震える体を丸めて、無様にぼろぼろと泣いていた。女児の身体だった時よりもむしろ女児のような顔で、彼女は叫んだ。


「嘘だろ! 駄目!駄目! 嫌だよ! し、し、死んじゃやだ~~~っ!!!」


 彼女の視点からは、俺が死んだかのように見えたのかもしれない。実際、装備のぶっ壊れ具合や周囲の状況からして、生きている事が信じられないし、今回ばかりは死んだんじゃないかと思った。今、こうやって空を見上げていられるのは、恐怖に対する耐性と自信満々スキルのお陰でしかない。これらが無ければ、俺は怯えて頭を抱え地面に蹲っていた筈だ。


「ファフニル! 俺は生きているぞ! 降りてきてくれ!」


 さすがに一瞬迷ったが、声をかける。俺はファフニルを信じているし、仮に殺されてしまったとしても、ファフニルにやられるのなら仕方がない気がしていた。


 俺の声に反応し、涙も拭かずに笑顔になって、大急ぎで地上に降り立ったファフニルが、両手を広げて俺に駆け寄ってこようとして、途中で足を止めた。ハイライトが消えた瞳で苦笑しはじめ、そのままその場にぺたりとしゃがみ込み、動かなくなる。


「すまねえ……ああ、俺は、俺を止めることが出来ない……」

「悪いのは尻についている洗脳魔道具だ。それを破壊すれば……」


 様子がおかしい事に気が付き、ファフニルに駆け寄る。地面に崩れ落ちた彼女は、自らの腹を爪で切り開いていた。血と臓物が噴出している。大量の血が洗脳魔道具にかかったのか、虹色の光を失い、尻から外れて地面に落ちていた。


「ファッ……ファフニル!?」


 急いでウルトラ・マシン・モルヒネを注射する。だが、これは痛みの緩和にしかならない。治療薬としてポーションの類は持っているのだが、荷物袋は部屋に置いてある。そもそもこんな致命的な傷に、街中で売ってるようなポーションは効くのだろうか?


「ファフニル、しっかりしろ!すぐに病院に行くからな、気を確かに持て!」

「ああ……俺が死ねば……マスターを殺す俺が居なくなれば、解決する話のはずだったんだ」


 真っ青な顔になったファフニルが、動かなくなった体を震わせながら。


「やだぁ……私、死にたくないよぉ……ママああ……!う、あ、ああ……!」


 閉じたままロクに開かない瞳から涙をポロポロ流しながら、死にたくないと訴え始める。


 命が、失われていく。


 こんな可哀想な姿、見ていられない……!


 俺は、ヌガー様に向かって頭を下げた。土下座してでも、彼女に助けを求めるしかない。


「ヌガー様!確か、女神ヒールというスキルがあった筈!何でもいいです、お願いします、今すぐこの子を……ファフニルを治療してやって下さい!」

「えっ、それは別にかまわないけど、でもぉ……もう立ってるけど?」


 もう立ってる、とは?


 ファフニルを見ると……嘘だろう?確かに地面にしっかり立っていた。……腹のひどかった傷は、どういう事だ?既に綺麗に回復しており……。まるで頬紅を刺したような表情で、瞳には……立派すぎるハートマークを浮かべている。


「んほぉ……♡6号様あああんっ……♡♡♡」


 よく見ると、首筋に血を吸われた形跡があり、様子からしてどうみても6号の吸血スキルの効果だ。一時従僕化の辱めを受けるが、肉体は完全復活できる。


 俺が気が付かない間に、何時の間にか、ルア、アオリ、チャーミー、キリコ、6号、フィレの総勢6名が、ファフニルを囲むように座り込んでいた。


「ふーっ、よかったでち、間に合いまちた!」

「治療そのものは一瞬……行き帰りの時間の方が長かった……ね」

「ぶおおおおお~ん!!!」

「マスター、お怪我はありませんか? 里の薬草で良ければ……」

「ううっ、血の中に何か混ざってる……なんか舌が痺れますけど、これ何でしょうか?」

「はぁ♡ はぁ♡ さすがは6号様ですっ♡♡♡」


 6号の右足を丹念に舐め続けるフィレに並んで、左足をぺろぺろと舐め始めるファフニル。


「ちょっと!6号様を舐める時は、もっと丁寧にっ…愛をこめて、下から上へと舐め上げるんですっ♡♡♡」

「うるひゃいっ♡♡♡俺は今、真剣に6号様をっ♡♡♡んああっ、ぺろぺろぺろぺろ~~~っ♡♡♡」


 6号が悟りを開いた目で唾液に濡れていく自分の足を見つめている。うん、さっきとは別な意味で、こんな可哀想な姿、見ていられない……!

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