64 0人の少女と豚一頭、トンタマでの死闘(チャーミー)
チャーミーは、トンタマの豚人間と同じ種類の生き物だが、トンタマに遊びに来て沢山の豚人間達と触れ合い、何となく解ったことがある。
どうやらチャーミーはトンタマに住むような比較的ハイクラスな豚人間ではない、という事だ。
トンタマの豚人間達はチャーミー程には食欲に支配されていない。ここ数日目に入ってきた物で判断するのも何だが、意外と普通の暮らしを送っている。
チャーミーが過去に犯した食欲犯罪によって、故郷と思われる場所は大きな被害を受けたらしいが、トンタマで豚人間達に囲まれたり殴り掛かられたりした事は無かった。彼女の生まれはトンタマではない……恐らくは、もっと暮らしが厳しい地域だ。
性格は何気に優しいチャーミーだが、彼女の食に対する執着は常軌を逸しすぎている。暴飲暴食の気持ちが、その他全てを上書きしてしまうのは、もう特殊スキルなのではないだろうか?
「ぶお~ん?マスター……?今日もすごぉく、美味しそうですねぇ……?」
「チャーミー、急に体が大きくなって、お腹が空いたんじゃないか?『豚の餌』の持ち帰り弁当を買っておいたんだが、食うか?」
「えええっ?良いんですか?ありがとうございまぁす!!!」
大分破壊されてしまった部屋の机の上に置いた巨大弁当に素早くむしゃぶりつくチャーミー。体が大きくなっているのに、行動は何も変わっていない。ついでなので観察すると、やはりお尻に洗脳魔道具が張り付いて、虹色の光を放っている。
「ぶうううん……!!『豚の餌』の食事は本当に素晴らしいでぇす……!!」
「ああ、またあの店で、みんなで一緒に餌を食べよう」
「で、でもぉ……牝豚は……こんなに優しいマスターを、美味しそうなマスターを、食べちゃいたいくらいのマスターを……ただ、単純に殺さなくちゃいけないんでぇす……どうしてなんでしょうか!?う、う、うおおおおお~ん!!!」
口に弁当を含んだまま、俺の方を向いて、大きな瞳からボロボロと大粒の涙を流すチャーミー。
「私、マスターの事が大好きなんでぇす!」
「ああ、俺もチャーミーの事が大好きだよ」
その言葉を最後に、泣きべそをかいたまま、チャーミーは戦闘態勢に入った。力を込めた全身の筋肉から、パキ……ペキ……と、竹を割ったかのような音が響いてくる。
チャーミーの特徴はもう一つある。怪力だ。単純にもの凄く強い。アオリの書き出すステータスでも確認していたが、とびぬけた力を持っている。豚という生き物は、誤解されている事が多いのだが、全身をもの凄い量の筋肉で包んでいるのだ。
子供の身体でファフニルの十倍くらい力があったチャーミーが、大人の身体に戻っているという事は……当然、子供の俺単体の筋力程度では相手になるわけが無い。
取扱いに慣れてきた装備の能力で攻撃回避などを自動化し、回避不能の場合はスペシャルマシンシールドを張る。その間にスーパーマシンパンチのエネルギーを充填し、隙を見て洗脳魔道具を破壊する……つもりだったのだが。
脳内に警告が流れる。スペシャルマシンシールドの防御力の残量の減りが激しすぎるのだ。隙を見て攻撃するつもりだったのに、その隙が全く現れない。
「ぶおおおおおおおおおおおおおおおおお~~~んっ!!!」
全身から汗や涙などの各種液体を垂れ流しながら、目にも止まらぬ速さのパンチやキックで俺を攻撃し続けるチャーミー。信じられないくらい強い。部屋の破壊がもの凄い勢いで進む。全身が凶器であり、その巨大な乳房ですら洒落にならない衝撃波を産み出している。
これ程の真っ当な戦闘力がある事を、これまでの暮らしでこれっぽっちも見せなかったチャーミーは、本当に純粋で、優しい子なのだ……。
それに比べて俺がこれから行おうと思っている作戦のくだらない内容。割と恥ずかしくなってきた。
「これはすごい映像よ!激しすぎる肉弾戦をバックに、私のサービスカットが流れる生放送!これを観ないで、カミカミチューブで何を観るって言うの!?」
「ひぃん!ぶ、ぶ、豚人間って、あんなすごい戦い方が出来るんですか!?装備で対処できるのかどうか…?」
乳房の先端と股間は隠れているものの、概ね全裸のような恰好になって、リンボーダンスのような踊りを繰り広げて生放送しているヌガー様と、いつのまにか撮影の手伝いをしているフィレが好き勝手に騒いでいる。
彼女たちや視聴者にも俺の行う、多分チャーミーには効いてしまう作戦を観られてしまうのかと思うと気が引けてくるが、俺に備わった各種精神作用スキルのお陰で堂々と作戦を開始することが出来た。
「チャーミー、待て!これに見覚えは無いか!?」
俺は、収納袋からスペシャルな隠し玉をお披露目した。白地に金箔で大きなロゴマークが押された袋から、どうみても普通ではない上品な包装紙の箱を取り出す。
「ぶおっ……お、お、お!?」
チャーミーの動きが完全に停止する。俺の掲げた隠し玉……ミドルスコールの超有名菓子店が年に一度だけ限定販売する、史上最強の菓子と噂されていた逸品だ。暇だったので早朝から並んで整理券の抽選番号を手に入れたら、何か偶然当たったので、買っておいたのだ。
「ぶひゃああああっ!? マスター、そ、それ、それそれそれそれ!!それっ、それそれ!!!それーっ!!!」
「食いたいか?俺も食いたかったんだが、みんなと一緒に食べたくて、取っておいたんだ」
「ぶあああああっ!!!!ぶあっ!!!ぶあああああああっ!!!!!!!ぶああああああああ~~~んっ!!!!!!ぶあっ!!!ぶあっ!!!ぶああああああああああ~~~~~んっ!!!!」
瞳にハートマークを描き、口から涎を垂れ流して尻尾を振り、その場で四つん這いで回転し始め、完全に戦意を失ったチャーミーの頭上に菓子の箱を投げると、ものすごく良い笑顔でジャンプしてお口で咥え取った。これはキリコが最後まで行っていた演技の類ではない。食欲に全てを支配され、洗脳された内容すら忘れ去ったチャーミーの姿だ。
「ぶおおおおおおおおお~~~んっ♡♡♡」
俺は、そんな隙だらけのチャーミーの尻にチャージの終わったスーパーマシンパンチを放ち、洗脳魔道具を破壊した。
破壊された部屋の床に、お菓子の箱を咥えたまま横たわるチャーミーを抱え起こしてやる。手足はロクに動かず、目も殆ど開かないようだが、アオリやキリコよりも若干マシなように見える。元々の身体性能の差だろうか。
「うん、まぁ、若干マシっぽいけど、この子も動物病院送りだねぇ……」
ヌガー様の診断で光に包まれていくチャーミーのお口に、先程のお菓子を一かけら入れてやる。
「ぶお…ん! う、う、うんまいぃい~~っ!!最高でぇす~~!!!」
「これは凄いな、匂いだけでクラクラする。後でみんなで食べ……」
次の瞬間。口蓋内に、これまで食べたことのない、不思議な香りの甘さが広がった。
チャーミーが俺に唇を重ね合わせ、自分の口の中の菓子を、舌を使って俺の口の中にねじ込んできたのだ。
色々な意味でびっくりした。チャーミーに唇を奪われた事もなのだが、あのチャーミーが大切な食べ物を俺に分け与えたのだ。あのチャーミーが、だ。いや、もう……ほんとに心底びっくりした。
「マスターさん……もしかして、全員とそういう関係だったんですか?」
光に包まれて天の動物病院に昇っていくチャーミーを見送りながら、フィレが若干冷たい目で俺を見つめている。そんな事言われましても。
チャーミーと入れ替えに、再び異様な破壊音が鳴り響く。今度は二回。空間がガラスのようにヒビ割れ、大きく開いた二つの隙間から、二人の女王様が飛び出してきた。
「だっ…誰だっ!?いや、解ってるよ?解ってるけど、誰なんだ!?」




