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もんもんモンスター  作者: 猪八豚
大怪物旅行
62/150

62 0人の少女と豚一頭、トンタマでの対決(アオリ)

 彼女の全身の皮膚表面を激しく蠢く烏賊の提灯。その鼓動に合わせるように口から噴出するイカスミが持つ恐るべき破壊力は、俺の知っているアオリの能力ではない。ホテルの床が、壁が、次々と押し流され、溶かされ、破壊されていく。


 違う。彼女はもっと、人畜無害なモンスターの筈だ。


 戦闘装備からスペシャルマシンシールドを選択して展開し、降りかかるイカスミを防ぐ。このシールドについての詳細な説明が脳内で再生されるが、そんな物を見ている場合ではない。シールドの耐久値が視界の片隅に表示されており、一回の防御で相当な数字が削られてしまっている。


「アオリ、正気に戻ってくれ! お前は、そんな子じゃ無かった筈だ!」

「私は……正気だ……よ? マスターのほうが正気じゃ……ない。あと、ヌガー様も、正気じゃない……よ」


 そんな会話を繰り広げる俺とアオリの間に割り込むようにすばしこくヌガー様が現れ、淫猥なポーズをキメて撮影している。


「ふああああっ!!お金っ!!お金がどんどん手に入るのっ!!すごい!!視聴者数の大ボーナス状態よ~っ!!」


 うん、まぁ、正気では無いな。


 アオリの四肢の先から烏賊の提灯が大きく膨らみ、波のようになって身体の中心に向かって脈動する。まるで、控えめな双丘が大きく膨らんだかのように見えた。


「それじゃ、これでさようなら……かな? そんな意味不明の装備で、私の最強技を防ぎきれる訳がない……よ!」


 大きく開けたアオリの口から発された凶悪な量のイカスミが、展開したシールドに当たる前に軌道を変え、俺の後ろに回り込んできた。なにこれ!?ホ、ホーミングレーザーなの!?


 当たったら……溶けて死んでしまう!?


「……なにそれ。マスターはいつもズルい……ね」

「ズルなんてしてないぞ。いつも、お前たちに助けられていたけど」


 溶けなかった俺の背後には、謎の刃物で空間を割ってイカスミを流し込んだフィレが、汗や涙や鼻水、もしかしたらおしっこまでをも垂れ流し、ブヒブヒ息を荒げながら震えてしゃがみ込み怯えていた。


 精一杯の強がりだろうか。べちょべちょの顔を振り上げて、叫び出す。


「ろ、ろ、6号様を助け出す為ならっ……なななな何だって出来まぁす!!!」


 その時、イカスミを出し切ってしまったらしく、目をつぶってカンフーっぽいポーズで再充填を図っているアオリの尻に張り付いた謎の物体に気がついた。烏賊の提灯とは別で、虹色の光を発している。


「あっ!?あれは……タンザナイトの洗脳魔道具じゃないの!?実物は初めて見た……生放送でこんな貴重な映像、流しちゃっていいのかしら!?」


 ヌガー様が目を見開いて驚きの声を上げた。


「あれを破壊すれば、洗脳は解けるんだな?」

「そんなの知らないわよ……?普通の洗脳が効かなかった場合に使われた洗脳魔道具だという事しか知らないもん」


 俺は掌にエネルギーを集め、アオリの尻めがけて光の弾を発射した。全て洗脳魔道具に命中したが、破壊出来た気配がない。アオリは目を閉じたまま、カンフーっぽいポーズを続けている。


 俺の脳内に戦闘装備からのメッセージが流れ出す。今の攻撃で、洗脳魔道具の耐久力などが計測できたらしい。計算上は、装備に備わった必殺キックを最大威力で当てる事で、破壊することが可能だという。


「……この足を、当てればいいんだな?」

「ぶおおおん……!?それは戦闘員が自力で戦車を破壊する場合に使われる超必殺技ですが、そんなものの狙いが外れたら……」

「俺は、アオリを信じてる。今も、洗脳に屈せずにアオリの意識は一人で戦っている筈なんだ。この会話も聞いているはず……何か対策を取ってくれる筈だ」


 それに、アオリはこんな生き方を望んでいない。アオリはもっと自由でマイペースに、鉄道を観察したりしながら暮らしていきたいと思っている!


「再充填完……了!墨を吹ける……よ!」


 カンフーっぽいポーズを解除して目を開けたアオリの目の前には、倒すべきアオリのマスターが居なかった。


「逃げた?どうして……?私は、マスターを倒さなければいけないの……に?」


 その時、俺は既に移動し終えていて、アオリの後ろで足を振り上げていた。目標は洗脳魔道具。最大威力を出すためのチャージ時間が思ったよりも長くてハラハラしたが、間に合った!


「戻って来いアオリ!【イナズマ・マシン・キィィーック!!!】」


 背後から来る洗脳魔道具への攻撃に勘付いたアオリは、緊急回避の為の奥の手を使った。彼女はイカモンスター…つまり、手足は4本ではなく、全部で10本存在している。


 本物なのか偽物なのかは判らないが、瞬間的に体のあちこちから残り6本の手足を生やし、尻を防衛するアオリ。


 イナズマ・マシン・キックは、そんな手足を軽々と突破し、洗脳魔道具に叩き込まれる。衝撃は全てが洗脳魔道具に集中し、虹色に光っていた外装が膨れ上がり、ボオッ!!と音を立てて光の粒となり、崩れ落ちていった。


 アオリは魔道具の破壊から瞳を閉じたまま、ピクリとも動かない。生えた6本の手足は、理由はわからないが、破壊と同時に消えてしまっていった。抱き起して声をかけるが、起きる気配がない……。


「う、うわっ、凄い、凄いわ、ブラボーよ……! 視聴者数が、広告収入が……とんでもない数字なのっ!!!」


 いつのまにか殆ど全裸のような格好になっているヌガー様が喜びの声を上げているが、今は正気でない人を構っていられない。


「アオリ、アオリ……大丈夫か?」

「……ん、ずっと起きてるよ。目が開かないし、体もうまく動かない……けど」


 返答が返ってきた。


「マスター、私の事、信じてくれていたんだ……ね。 私も、信じてた……よ!」


 ほっぺが赤く染まり、目をつぶったままで恥ずかしそうなアオリ。反射的に抱きしめてしまったが、体がまともに動かないらしく、抱き返される事は無かったのだが……。


 俺と違って大人の身体に戻っているアオリは、その大人の唇を重ねてきた。


「あらあら、成人指定番組やってるんじゃないんだけど……。とりあえずキミは動物病院送りだね。お尻とか治してもらってきなさい!」


 ヌガー様に診断され動物病院送りに決まったアオリの姿が、光に包まれていく。俺の唇を奪った女が、やけに良い笑顔のまま、光の玉になって天に飛んでいった。


 それと入れ替えに、破壊されたホテルの中で再び異様な破壊音が鳴り響く。


 ゴ……ギンッ!!


 再び空間がガラスのように割れ、薄くて小さな隙間から一人の女が飛び出してきた。


 すらりと伸びた手足に細身の身体。顔をお面で隠しているが、この髪型は間違いない。


「キリコ……か?何でお前、ひょっとこのお面なんか……」

「葉隠流暗殺術を開始します!マスター、お覚悟……あれ?私、どうしてマスターを暗殺するんでしょうか……?あれ?マスター……あれえ???」


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