61 0人の少女と豚一頭、七人の消失
銭湯の帰り道。突然高音が鳴り響き、雷が落ちた時とは若干異なる妙に薄い光が周囲を包み込み、すぐに消えた。
「なんだ?雷にしては妙な光だったが……?」
「ぶあああっ!?6号様!?6号様~っ!?」
フィレが騒いでいる。いつもの事だと思ったが、今回は様子が違っていた。フィレ以外の俺の仲間が全員、突然居なくなったのだ。
「みんな……?何処に消えたんだ……?」
「ぶおお~ん……!?6号様、何処にお隠れに~っ?」
こういう時こそモンスターボトルの力を借りて、皆の位置を特定してみようと思ったのだが、何故かうまく動作しない。緊急呼び出し機能にも無反応だ。これまではボトルに触るだけで契約している皆の姿が脳裏に浮かんでいたのに、誰も浮かび上がってこない。
「……もしかして、契約が切れている?」
一体何が起こっているのか?自称女神の二人も姿を消してしまっていた。
全身から液体を垂れ流し、地べたに顔をこすり付けてむせび泣いているフィレを無理やり起こし、とりあえずホテルに連れ帰る。少し期待していたのだが、実は先に部屋に帰っていた、なんて言う事は無かった。
涙や鼻水、涎を垂れ流す豚少女の顔をタオルで拭いて、正面に立たせる。
「フィレ、俺にも何が起こっているのか良くわからないのだが、恐らく緊急事態だ。早急に消えた皆を見つけ出したいのだが……あれっ?何をしているんだ?」
気が付けば、フィレが泣きべそをかきながら、荷物袋から様々な物を取り出して目にも止まらぬ猛スピードで何かを作り出し、俺の腰回りに取り付けている。手を止めずにフィレが口を開いた。
「これは、かなり昔に命令されて作った事がある、汎用機能拡張マシンでぇす……。装着して変身することで様々な技や機能が使えるのですが、その中に特定の人物を探し出す機能が備わっています!流石にパーツが足りませんから間に合わせで構築していますが、機能はするはず……!健康なボトルマスター用のマシンなので、豚人間の私には装備できませんが……マスターさんなら大丈夫でぇす!」
6号への無条件称賛が抜けた喋り方がチャーミーっぽい。これは豚人間の女性特有の喋り方なのだろうか?そんな事を考えていたら、ボトルマスターになったときのように、脳内にベルトの使い方などが流れ込んできた。これ、便利なんだけど不気味な仕組みだよな……。
「今、使い方の説明が魔法陣からマスターさんの脳内に流れ込んだはずでぇす!」
「なるほど、これは……変身ベルトみたいな奴なのかな?とりあえず変身してみるぞ……大・発・現~っ!!!」
その瞬間、俺の身体を何かがくまなく弄り、その跡を得体のしれない不気味な力が覆い尽くしたような感覚。気がつけば、手足に分厚い装甲が装着されていた。これが間に合わせだとはとても思えない。重さは全く感じないが、秘められている途方も無い力の数々を認識し、俺はなにか想像を超えたヤバい物を装備している事に気がついた。
「これは……もしかして戦争の道具なのではないか?」
「もしかしなくても戦争の道具でぇす!ボトルマスターっていうのは元々戦争の道具なんですよ。知りませんでした?」
全く聞いたことがないが、フィレの過去を考慮するとおそらく本当なのだろう。そんな今更な事よりも、今は居なくなった皆を探さないと。
「全方位自動標的探索……っ!!」
フィレが隠し持っていた6号の髪の毛から遺伝子情報を読み出し、装備の力を使って皆の位置を探索するが、全く引っかかる気配がない。
「ブヒイイイン!?どうしてっ!?6号様は一体何処に消えたんですかあああっ!!」
全身から様々な液体を吹き出しながらジタバタ暴れ狂うフィレ。その後ろに、やけに露出度が高い格好のヌガー様がいつのまにか立っていた。周囲には自動撮影カメラが飛んでいる。
「おお……いいわね!この無様な暴れ豚をバックに、私のエッチなサービスカットを動画で生配信すれば、ますます再生数が増えて、広告収入がガポガポなんじゃないかしら!?」
「ヌガー様、泥沼の動画配信で稼ぐ方法の最適解を見つけ出したのかもしれないけど、こっちは緊急事態なんだ。皆が急に消えてしまって、見つからないんだよ!」
「えっ……?レムちゃん居ないの?うーん、無能ちゃんやみんなが居ないとなんとなく広告収入が下がりそうだし……私もちょっと探してみるね?」
パァッ!!!
その瞬間、ヌガー様の頭を中心として、神聖な雰囲気の光が全方向に向かって広がっていった。レム姉さんが時々行う女神の力の発動とかいう名目の手品と比べると、雲泥の差で良く出来ている特殊効果だ……。光に触れた俺の身体の隅々までも調べられてしまった気がする。
「……うん、見つけたけど、何か変な状況ね?とりあえず、事情を知ってそうな女神をここに引きずり出すわよ?」
ヌガーさまの手が空中に湧いた渦のような物に差し込まれ、全身に無数の怪我を負った女性を掴み出した。涙をポロポロ流しており、ヌガー様の顔を見て緊張が解れたのか、ぶわあっ!と泣き始めた。
「わ、私達、まさかこんな事になるだなんてぇ……」
「とにかく現状を説明しなさい。何故、あのような状態に?」
簡単に説明すると、俺の仲間の持つ強大な力を利用すれば次期神王になれると思いついた後輩女神達が、使用を禁止され封印されていたチートアイテムを使って全員を捕らえ、洗脳を試みたらしい。
このチートアイテムに宿っていた謎の力が思った以上に強く、レム姉さんとポロリの身体を完全に奪ってエネルギー源とし、神の力で更に強化された6人のモンスターをも支配して目に映る全てを破壊しようとし始めたので、慌てて異空間に封印し、彼女たちの時間を止めたらしいのだが……。
「あのモンスター達、止まった時間の中からでも攻撃してくるんです……。計画を実行したみんなは全員やられてしまいました。このままでは順番にモンスター達の封印は溶けていってしまいます!」
「チートアイテムって覇邪のタンザナイトよね?どうやって盗んだのよ……あれって前神王の時代に数万人がかりでなんとか封印できたとかいうメチャクチャやばい呪われ洗脳アイテムよ?」
怒るのかと思ったら、うひょぉ~~っ!!という顔になるヌガー様。
「そんな規格外の皆が見た事もないヤバイやつを、私のエッチなサービス姿と同時に生配信したら! 視聴者数うなぎ上りで、広告収入がめちゃくちゃ入って、そのうち神アイドルのスカウトとか来ちゃうんじゃないのかしら~!?」
歌って踊れる上級女神アイドルになるつもりらしい。神王の死の混乱に乗じてスペシャルな金持ちを目指すのではなかったのか?
ゴギンッ!!
突然、強烈な破壊音と共に空間がガラスのように割れる。その割れ目から、一人の女が顔を覗かせた。
「ひいっ!!封印がっ!!」
逃げようとする後輩女神に、女の口から飛んだ漆黒の液体が吹きかかる。悲鳴を上げる間もなく、後輩女神はこの世から消えて無くなってしまった。神様は死なないらしいのでおそらくは大丈夫なのだろうが、せめて一言文句を言わせてもらいたかった。
空間の割れ目から這い出してきた女。俺の契約モンスターだった3番目の少女によく似ている。よく似ているというか、最初に出会った時の、あの姿だ。目つきは怪しく、口からはボトボトとイカ墨を垂らしている。
「お前……アオリだな。意識はあるのか?」
「い……しき……?良くわからない……が、お前たちはタンザナイト様の敵だ……ね!」




