53 七人の少女、トンタマの無慈悲
「…………そんなわけ、ないじゃないですか?」
豚少女が、何を言ってるの? という表情でレム姉さんに返答する。レム姉さんは光る眼のままで豚少女を見つめて、話を続けた。
「そもそも、あなたは軽犯罪モンスターではないわよ。なるほど……ものすごく頭がいいのね。覚えていないかもしれないけど、国の役に立とうとしたんでしょう?」
光る目が豚少女の過去を暴いているとかいう設定だろうか? レム姉さんのあの女神の力とかいう手品の妙な出来の良さには毎度驚かされてしまうが……。
「結果として、天才的な人殺し研究の成果として、数百万から数千万の人命を無残に奪い子々孫々まで苦しませ、運良く処刑も復讐もされずに天寿を全うしたような存在になってしまった。罪の自覚があろうともなかろうとも、うちの子達が呼ばれていた重犯罪モンスターですらない『特別階級』として扱われて当然の存在よ。私は特級モンスターを扱ったことが無いけど、今見てる情報によると……とにかく契約書き換えは出来ないわね」
レム姉さんが言うことを黙って聞いている豚少女。先程までのあどけない表情は消え失せていて、子供なのに大人のような顔つきをしている気がした。
「……やってみなければわからないのでは? 私は、マスターを倒した誰かに復讐がしたいのでぇす」
「ミライさん、契約の言葉を教えても構いませんけど、この方との契約は出来ませんし、何度死んでも絶対にこの方は消滅しません。ミライさんに伝えたい伝言っていうマスターからの指令も嘘。そもそも、この豚人間にマスターは居ません。全ては後輩女神のポロリあたりが与えた無限の幻影です」
「えっ……嘘っ? だって、私は命令されて……覚えた伝令を伝えに……」
「内容を言ってみなさい」
徐々に増えていく光る弓矢に囲まれながら、豚少女が口を開こうとするが、最初に出会ったときのように口をぱくぱくさせて、何も喋りだすことが出来ていない。
「あ……! あ……? あ……っ?」
「これはね、そういう仕様の幻影なの。私がこうやって答えを教えても、あなたの稀に見る優れた頭脳の力をもってしても、その幻影が嘘だっていう事に気がつくことが出来ない……」
何度も何度も口を開き何かを絞り出そうとして、何も出てこない現実に絶望した顔を見せる豚少女。
「貴方は何度死んでもまた今回の記憶を失い、ポロリが設定した初期設定の通りに蘇って、今回と同じように妄想のマスターから伝えられた気持ちになっている中身のない伝令を伝えに飢えを我慢しながらやってきて、なんとなく私達の仲間になった気分になった所で避けようがなく無残に死ぬ、という仕様でしょうかね?」
レム姉さんの言葉を聞きながら、顔を真っ青にしてぺたりと座り込む。頭をかきむしり、必死に何かに耐えていたが、突然カッと目を見開いて、尋常じゃない勢いで叫びだした。
「え、え、嘘っ、嘘! 私、こんな事してない! こんなの、私じゃない!! こんな、こんな~~!?」
声が裏返り、悲痛な表情で泣き叫ぶ。
「このタイミングで思い出し始めるんですね。本当に趣味が悪い処刑女神ですね、ポロリは」
「なあ、ポロリっていう後輩さんは、どうしてそんな色々な意味でキツい子を俺たちに派遣したんだ?」
「これまでも色々な所に派遣していたみたいなので、偶然でしょうかね……?」
豚少女から、か細い声が聞こえる。
「た、た、助け…… 助けて…… 殺して……」
「無理よ。これからあなたは絶対に死ぬし、どう死んでも今の記憶を全部失って何処かで蘇るわ」
「なんでっ、どうしてっ!? 私、私は、何も悪いこと……してないっ!」
ふぅ、とため息をつきながら答えるレム姉さん。
「あなたの研究の成果で亡くなった方々も、死の間際に同じことを考えたのではないでしょうか? 罪は平等に罰されなければなりません。罪の大きさに応じて、罰も大きくなります」
増え続ける光る弓矢が完全に球体になり、豚少女の姿が見えなくなる。暫くして球体が縮みはじめ、内側から短い悲鳴が聞こえ、そのうちピンポン玉くらいの大きさまで小さくなって、スッと消えた。
「願わくば、貴方のこれからに、ほんの少しでも……祝福が芽生えますように」
膝をついて祈りを捧げるレム姉さん。俺はあまりの恐怖に危うく失禁しそうになってしまったが、恐怖耐性のお陰で踏みとどまることが出来た。良くわからなかったのだが、レム姉さんは今、あの豚少女を消してしまった……!
消失マジックなら良かったのだが、豚少女が戻ってくることは無かった。なんという恐ろしい……いや、まあ手品なのだろうけど、一体何の意図があってこんな趣味の悪い話を?
朝から始まった結構キツい話だったが、気を取り直して今日はトンタマスーパーアリーナに行ってみようという話になった所で、ドアがノックされた。
廊下に立っていたのは、先程無残に死んで消え失せたはずの豚少女だ。痩せこけているが、身体の何処も欠損したりはしていない。
良かった!やはり消失マジックだったのだ。
「はじめまして、失礼します。みなさまに、私のマスターからの伝言があります!」
「……ちょっと待っててくれ。ほれ、飴ちゃん食べてていいからね」
飴を渡すと、こぼれ出る笑顔。
「は、はい! これ食べてていいんですか? 嬉しいっ! 嬉しいですっ!!」
一旦ドアを閉めてレム姉さんの顔を見ると、ほらね? という顔をしている。最近すっかり忘れていたが、なんという邪悪な女だ……! 人の命をアトラクションのように考えている……!
「おいおい、戻ってくるのが早すぎじゃねえか? 俺、ちょっと可哀想なやつだなって思ってたんだけど!」
「見まちたか?今の表情、笑顔でちゅよ? マジかよって思いまちた」
「敵じゃないのだ……けど、ある意味では敵より厄介……かも?」
「ぶひいいいん!!! 生きてたんですねぇ!!!」
「こ、こわっ、怖いです!! なんですかあの方、完全にホラー的存在じゃないですか!」
「すごいですね……記憶は残らないけど、絶対無敵ですよ!」
レム姉さんが、割とげんなりした顔で話し出す。
「先程確認した設定上は、私達に会って伝言を伝える事を2回しようとした途端に、あの子を殺す弓矢が登場します。他にも色々設定されているのでしょうけど、とにかく死んだら初期化されて生き返りますし、あまり深く考えずに放置して、ポロリの気が変わって何処か別の所に派遣されるようになるまで待つ感じになるかもしれませんね」
「うーん、まぁ、俺達にはどうする事も出来ないもんなあ……」
俺はドアノブに手をかけながら、皆に意志を伝えた。
「でもまぁ、ちょっと、思いついたことを試しにやってみるよ」




