48 七人の少女、トンタマの鉄道
トンタマから更に馬車で一時間ほど北上すると、目的の地方が見えてくる。竪穴式住居が立ち並ぶ中に、目標の巨大な博物館があった。
トンミヤと呼ばれるその地方には、この世界の各地を繋いでいる鉄道の記念博物館がある……!
トンタマサバイバルの中からそんな話を見つけ出したアオリが、鉄道って、機関車って最高なんです……よ! と嬉しそうに語り出してしまい、この近辺の変態ボトルマスターも先日あらかた退治してしまったっぽくトンタマでやることが本格的に無くなってしまっていた俺たちは、記念にその博物館に行ってみるか……? という話になってしまったのだ。
「この世界の鉄道って客車は殆ど無くて、主に長距離の物資の輸送とかをしてるんだろ? アオリはなんで鉄道の事が好きなの? そもそもイカむすめと鉄道の接点って……?」
「海を泳いでいると、地上をすごい速度で走っていく列車が見える……んだ。大きくて、長くて、圧倒的で、すご……い」
うっとりとした顔になるアオリ。この子のこんなトロトロ顔は見たことがないかもしれない……。鉄イカとでも呼んだほうがいいのだろうか?
他の6人は、まぁ旅のついでだからね……という感じなのだが、アオリだけはわざわざトンタマ唯一の商店で魔導カメラセットを買い求め、やる気満々だ。
魔導カメラは、魔力を使って専用の印画紙に写真を作り出す、大まかに言うとインスタントカメラのような道具だが、値段が若干高く、その割に使い捨てのような運用しか出来ない為、この世界ではそれほど普及していない。
写真撮影はプロの写真屋さんに頼むのが基本だ。そんな道具をわざわざ買っている彼女の本気度は計り知れない……。まぁ、お金に困ってないからやれるのだろうけど。
「うおお……! すんげえな、これが鉄道記念博物館、なのか……?」
「うーん。これ、大丈夫な施設なんでちかね……?」
博物館に入った皆が驚きの声を上げる。無理もない。建物内に陳列された巨大な列車の実物のありとあらゆる場所に、顔にかぶった列車のマスク以外は殆ど全裸のおじさん達が、悦びの声を上げながら張り付いて、腰を激しく動かして股間をこすりつけている。
「れっしゃっ!!! れっしゃれっしゃれっしゃ!!! れっしゃ~~~っ!!!」
「しゅぽ! しゅぽ! しゅぽしゅぽしゅぽしゅぽ!!!」
「れっしゃばいばい!!! れっしゃばいばぁい~~~!!!」
言うまでもないが、彼らはボトルマスター達だ。腰からはモンスターボトルを。股間からは玉と竿をぶら下げている。
「トンタマサバイバルには『行くと鉄道を見る目が変わってしまう』って書いてあるんですよ。確かにこれは……」
大人しく引っ込み思案なキリコがあからさまな嫌悪感を示し、目を細めて口を∞のような形にしながら呟く。うん、まぁ、たしかにこれはひどい光景だ。試しに手が届く距離まで近づいてみたが、誰一人として俺に向かってバトルを仕掛けてこようとするおじさんは居ない。
「ぶひいいん……。変態のおじさん達、すごぉく幸せそうでぇすねぇ……」
「なあレム姉、あんたがこの世界に送り込んだボトルマスターって、俺達のマスター以外に何人くらい居たんだ? まさか、この鉄おじさん達も……?」
「ちっ……違う! 私が転生管理者をやってた時に送り込めた人は、目の前のウスイミライさんだけ! ほかの人は全員に断られて……! わっ、私の責任じゃないの!!」
「いや、記憶を捏造してません? 俺も断ったよね?」
気が付くと、近くにアオリが居ない。周囲を探すと、巨大な機関車の前に立ち、写真を撮ろうとしているらしいのだが、車両に陰部をこすり付けているボトルマスターのおじさん達が邪魔になって撮影できないらしい。
「ちょっと! みんな空気読んで……よ!! 私達……鉄仲間じゃない……の!!」
「れっしゃ! れっしゃ!」
「はしる~っ!! はしる~っ!!」
まるで言葉が通じていない。するとアオリは、これまでずっと彼女が首から下げていたのだけど、一度も吹いている所を見た事が無かった古ぼけた笛に息を吹き込み始めた。
ぴゅううーっ! と鳴る笛の音……。
「呼子笛~っ!! 呼子笛~っ!!」
「発車オーライ! 発射オーライ!」
笛の音に反応した鉄おじさん達が、鉄道覆面のせいで表情は見えないが、おそらく満面の笑みを浮かべながら機関車を離れて貨物列車に次々と入り込んでいく。その隙を突いて、写真撮影を始めたらしいアオリの、満面の笑顔。
「鉄イカちゃんは俺達には全くわからない趣味を持っていたんだな……。なんだあの笛、なんの意味があるんだ?」
「なあマスター、あっちの車両によ、個室があるんだけど……。あ、あの、俺と、いや私と」
「おっ、折角だし見てみたいな。アオリの機関車の撮影が終わったらみんなで行ってみようか」
「えっ、いや……ああ、そうだな、うん……本当に焦らすのが上手だな……!」
何故か複雑な表情をしているファフニル。一体何があったのだろうか?
お昼ご飯は博物館の食堂で食べることになった。ここも一応トンタマなのでハイカロリーなものが出てくるかと思いきや、割と質素なお弁当ばかりが並んでいる上に、何故か鉄おじさん達は食べきれない程沢山買っている。
「各地の駅弁が売られている……よ! すごい……すごい……あるやつ全部、全部買っても良い……か?」
「別に構わないけど、もしかして全部、写真に撮るの?」
「撮って、ちょっと食べて味わって、残りはチャーミーに食べてもら……う!」
割とチャーミーに失礼な事を言い出すアオリだが、当のチャーミーは、ぶおおおお~ん! と鳴いて食べる気満々だ。
俺達はそれぞれ個々に駅弁を買い、それを食している横では、駅弁を撮影し、少し食べ、よだれをたらして待っている豚に渡して次の駅弁を開けて……の無限サイクルを繰り広げるアオリ。
周囲の鉄おじさん達も彼女の行動に気が付いたようで、勝手に集まってきては駅弁についての豆知識や謎の駅弁批判などを誰に教えるわけでもなく一人で勝手に喋っている。食堂だからなのか、陰部はエプロンで隠されているが……。
「ねえ、おじさん達、俺ボトルマスターなんだけど……バトルしようとか言わないの?」
つい、言わなくても良いことを言ってしまった俺だが、おじさん達は無反応で、俺に見向きもせず駅弁について延々と語り続けていた。各自、一人で。延々と……。
「ここの変態おじさん達は放置でいいかな。絶滅危惧種みたいなもんだし」
「寂しくなったらここに来れば大勢居る事が分かっただけでも収穫でちね」
「私……鉄道の事そんなに嫌いじゃ無かったんですけど、なんか……しばらく無理かも……」
「駅弁って案外美味しいんですね。値段を考えれば上等な味わいです。いいなあ駅弁!」
「イカめし弁当すごく美味しいんですが、ちょっとアオリさんの視線が気になりますね!」
そんな中、博物館の館長の名札を付けたお姉さんが、暗い顔をして弁当を食っているのを見つけてしまった。
「このままじゃ……! このままじゃ、鉄道記念博物館の未来が……!」
「どうかしたんですか?」
館長は、俺の顔を見、モンスターボトルを見て、キッ! とした顔になりながら口を開いた。
「見なさい、貴方と同じボトルマスター達を! 長年かけて食堂ではエプロンを着用するよう指導出来ましたが、館内では首から下の全てが完全にもろだしですからね!?」
「ああ、そりゃあ、あの人たちはああいう存在だから、仕方ないんじゃ……?」
「陰部丸出しで列車に体をこすりつけているボトルマスター達は、館の運営に邪魔なのです! あの方々のせいで、一般のお客さん達が全然来なくなってしまったんですよ!」




