45 七人の少女、トンタマのおふろ
豚人間たちで溢れかえる豚舎を抜けてトンタマ・ゴールデンホテルに到着した俺達を出迎えてくれた受付の豚姉さんは、まだ要求していないのに銭湯のチケットをくれた。大抵の宿泊客は銭湯を使うらしく、慣れた業務の流れとして渡してしまうらしい。
「チケットを使うと無料でお風呂に入れますよ。銭湯の特殊施設のご利用、物品や飲食物の購入は実費でお願いします」
着替え等は異次元収納袋に収納してあるので殆ど手ぶらで近くの銭湯に向かうと、銭湯出入口の直前で、うずくまってしくしく泣いている豚少女が居た。
「うん、これは罠だな」
「えっ?そうなの?さすがマスターだな、俺頭悪いからわかんねえんだけど」
そんなの俺だって判らないが、面倒ごとに関わり合いにならないよう通り過ぎようとすると、豚少女とは反対側の道の草むらから、わらわらと手に棒を持った数名の豚おじさん達が出てきた。ボトルマスターではなく、食い詰めた貧乏っぽい格好だ。
「おっ、おめえっ……メスガキが泣いているのに、助けようともしねえのかっ!!!」
「その隙にお前たちがその棒で後ろから襲い掛かってくる算段だったのだろう?全てお見通しだよ」
こういう場合に発動する俺の自信満々スキルは本当に凄い効果を発揮する。適当に言ってるだけなのに、まるで本当のように思えてきてしまう。圧倒された豚おじさん達だったが、棒を振りかざして要求を伝えてきた。
「かっ……金だ!金を置いていけ!」
「別にいいけど、このくらいでいい?」
適当にスキルで出したお金を放り投げる。ドサドサと地面に落ちた大量の札束を見て唖然とする男たちを放置して、俺達は銭湯に入った。
「あの、マスター、ああいう社会のゴミのような者にお金をあげてしまって、はたして良いのでしょうか?」
6号が不満げな顔をしている。
「うーん、直感で判断してるんだけど、そう悪い事にはならないだろう。所詮はお金欲しさの犯行だ、お金があれば正気に戻るかもしれんし」
「そんなもんでしょうかね……?」
当然俺にはそんなものなのかどうかすら判らないのだが、俺の自信満々スキルは絶好調だ。自分で言っている結構無茶な事に自分で納得してしまい、周囲も納得させてしまう。なんという恐ろしいスキルだ……。
ところで、俺達は子供の身体なので問題が無いと言えば無いのだが、俺を先頭に男風呂に入ってくる女児モンスター6名と女児女神1名という光景は、かなり目立ってしまうかもしれないな……と思っていた。
しかし、そもそもこの風呂は男女共用だった上、豚人間の世界では一度の出産で10人程生まれるのが普通らしく、違和感を感じられる事も無く完全にスルーされ、沢山の豚少年少女達に紛れて普通にお風呂を堪能した。
「な、なあマスター……あっちに薄暗いサウナってのがあるんだけどよ、ふ、ふたりでさ……入ってみない?」
ファフニルに手を引っ張られて入ってみたサウナは子供の身には耐えられない程熱く、すぐに二人で真っ赤な顔で飛び出して水風呂を浴びた。溶けてしまいそうな感覚ぅ…!
脱衣場では豚の皆が売店で売っている謎の食品を口にしている。見るからにマズそうな色なのだが『豚の餌』が案外美味しかった事を考えるとあれも意外と美味しいのではないだろうか?と思って購入して食べてみると、アンパンとシュークリームを足して良く冷やしたようなものだった。
「ははぁ……風呂上がりにこんなもん食ってるのか。やべえな豚人間……バナナ味でうんめえなコレ」
ファフニルが食べているものと俺が食っている物の中身の色や味が違う事に気が付く。どうやら中身はランダムらしく、豚達は好きなものが出るまで何個も食べたりしているようだ。
飲み物はドリンクバーのような仕組みで無料で提供されていて、甘い飲み物が飲み放題。こんな風呂に毎日通っていたら肥満になってしまうのではないだろうか?
風呂を出てホテルに戻ると、部屋には既に布団が敷いてあった。寝転がると、見た目の普通さからは想像がつかない感じで案外寝心地が良い。俺を囲うように寝転がった皆が好き勝手に会話している中、俺はすやすやと眠りについてしまった。
「最初はどうなるもんかと思ったけどよ、俺、ここも割と好きだわ。意外と快適に暮らせる気がする……」
「うーん、でも変態のボトルマスターおじさんが全然いないのがショックでちね……それ以外は案外良いでち」
「良くない所は潰れていったのか……な?良い物だけが生き残っている……のかも」
「豚の餌を食べた時、雌豚の中で巨大な歓喜の声が沸き上がったのでぇす……」
「銭湯も意外に良かったですね。食べ物を売ってるのに驚きましたが、美味しかったですし」
「飲食店、もう少し色々あると良いんですが……明日以降は駅から離れた場所にも行ってみましょうよ」
「なんか普通のトンタマ観光っぽくなってきたわね。全然問題ないけど~」
そう、ここまでは普通の観光旅行だったのだ。謎の地域トンタマの恐怖はここからスタートしてしまう…。




