31 七人の少女と後輩女神
ホテルに戻ろうとする道の途中で、何故か街中の人影がなくなり、気が付けば知らない女が目の前に立ち塞がっていた。
「レム先輩、久しぶりっすねえ!」
声の主は見た目が二十代くらいの女性だが、俺の近くにいたレム姉さんが驚きの声を上げる。
「チチ!? あんた、どうして下界に居るの!?」
「あはは、そりゃあ、レム先輩を探して降臨してきたんっすよ? 皆が心配しています。さあ、一緒に天界に帰りましょう!」
手を差し伸べてくるチチと呼ばれた女性は、レム姉さんの後輩なのだろうか?
と、いうことは、レム姉さんを無能先輩呼ばわりしていた奴らの一人か……?
「や、やった! 私、帰れるのっ!? ああっ、天界に帰ったら、我慢していたあれもこれもできる……! みんなゴメンね! 私、天界に帰りま~す!」
ガッツポーズを取って、涙をポロポロ流しながら喜ぶレム姉さんだが、うーん、これってダメな展開なんじゃないかなあ……?
レム姉さんが手を伸ばすと、その手をがっちり掴んで引き寄せるチチ。悪そうな笑みを浮かべながら、もう片方の手に隠し持っていた毒々しい光沢を放つ刃物をレム姉さんの体に突き刺した。
「ぐえっ? な、なんで……どうしてっ!? い、い、痛いいいいっ!!!」
「アハハ……! 無能先輩が悪いんすよ! この女神殺しのナイフで無様に死んで、転生管理女神の称号を私に譲りなさい!」
1号と2号が咄嗟にレム姉さんを守ろうと技を出すが、接触した部位に火花のような光が飛び、弾き飛ばされている。驚くほど鉄壁の防御力! 全く攻撃が通用しない……。
「俺のスーパー火炎キックが、全く通用しないだと……!?」
「ピカピカ電撃も効かないでちゅ……! くっ、女神の連中はこれだからズルいでち!」
気絶したレム姉さんを床に置いて、不敵な笑みを浮かべながら、女神チチが吠える。
「薄汚いボトルモンスター風情の力で、女神に逆らえると思っているのか? アハハッ!」
チチから噴出する謎の力に押され、前に進むことが出来なくなった1号と2号。
「ぶおおおんっ? なんですか、なんですかあの刃物っ……? あのべっちょりした色艶……美味しそうで、我慢できませぇん!!!」
いつものようにわけのわからない事を叫びだした4号が、四つん這いになって走り出した。
謎の力を物ともせず、驚くほどの速度で女神チチに近づいた4号は、瞳にハートマークを浮かべ、お口から唾液を垂れ流しながら、何の遠慮もせずに刃物に飛びつこうとした。
「うわっ……? この、豚めっ!!」
女神チチが叫び、4号を宙に蹴り上げ、そのまま遠くに蹴り飛ばす。無様に吹き飛ぶ4号だが、笑顔のままでこう叫んだ。
「ぶひょおおおおっ……! 今ですぅ~ん!!!」
「今が何だって言うの……? あ、あれっ? 無能先輩……何処に!?」
瀕死なレム姉さんの姿が綺麗さっぱり消えていることに気が付いたようで、キョロキョロと周囲を探す女神チチ。ふわふわと浮いた状態で遠ざかっていくレム姉さんを見て驚愕し、何かを言おうと口を開けたタイミングで、大量のイカ墨が顔面に降り掛かってきた。
「うわっ! なによこれっ!? ぺっ!ぺっ! イカ墨!? 何でぇ!?」
5号が3号を透明化して近づき、豚が飛びついたタイミングで、こっそりレム姉さんを奪い取った3号が、担いで逃げだしたのだ。逃げる途中で背後に向かってイカ墨射出のおまけ付きである。
イカちゃんは素早いので、問題なく荷物運搬の目標を達成した。
「6号ちゃん、吸血おねが……い! 一時従僕化で、完全復活……今すぐ、早く!」
「う、う、輸血パックで特訓しましたよ、したけどぉっ……!! 生は……!!」
「早く! 死んじゃう……よ!!」
「死んじゃうのは嫌だよ! う、うあああああ~っ! え~~い!!」
首筋に噛みついた6号の背中に、ポン!と蝙蝠のような羽が生え、レム姉さんの身体が怪しげな光に包まれ、傷が回復していく……。
「んほぁ……♡ 6号様……♡ ご命令を……♡」
目を開けたレム姉さんは、一時的にとはいえ6号の忠実な僕である。6号は吸血鬼化した自分に溢れる暴力的な力にドキドキしながら、口を開いた。
「めいれいします! 女神ビーム発射! 目標は女神チチ! 威力は最大で!」
「6号様の御意のままに……♡ 【女神ビーム】ッ!!!!」
両人差し指を額に付けて技名を叫んだレム姉さんの目前が激しく輝き、全方向に閃光を放ち始め、その光が女神チチに集束する。一本の線になった閃光が突如巨大化し、凄まじい光の奔流が慌てふためく女神チチを包み込んで、逆らうことなど誰も出来やしない圧倒的な閃光がフッと消えた後には、塵一つ残っていなかった…。
「んはぁ♡ んはぁ♡ おいしいです6号様♡♡♡ 6号さ……ま? えっ? あれっ?」
執拗にぺろぺろと6号のくつを舐めるレム姉さんの従僕化の効果はあっというまに失われ、正気を取り戻して自らの置かれている状況に気が付いて、スッ……と立ち上がり、俺のほうをキッ!と向いて、ボロボロと涙を流し始める。
「違っ……!!! わ、私……無能じゃないんですっ!!!」
「うん、いまの女神ビームは、ヤバい威力だったね……!!!」
「へっ!? 私、女神ビーム使ったんですか!?」
俺は、目の前で起こった数々の事象を整理しきれず、困り果ててしまった。これまでの全ては基本的に幻であり、実際の俺はベッドの上で薬物洗脳されているのかもしれないと思っていたが、今、目前で行われた戦闘は余りにもリアル過ぎて、本当であるとしか思えない……。
こういうときは俺の耐性頼りだ。俺の各種耐性が唸りを上げて、恐怖の感情を抑え込んでくれた。
「なにはともあれ、今日はここにいる全員が、初めて一つのチームになった記念日かもしれないね。お風呂に入って、豪華な飯にしようか!」




