第9話 どうやらここは地獄らしい
木陰から出てきた関西弁男の正体は、全身が腐り落ちかけたゾンビだった。
「きゃああああああ!?」
思わず女っぽい悲鳴を上げてしまったのも仕方ないだろう。それくらい化け物じみた見た目だった。俺は衝動的に斧を投げつける。
「のわっ、危な!? 死んでまうやろ!」
ゾンビはしゃがんでそれを避けた。斧はそのまま近くの木に命中し停止。やっちまった! 武器を手放してしまった!
「フ―、フーッ!」
俺は指鉄砲を構えた。ダークバレットは一発きり。落ち着いて慎重に狙わないと。もうこれが最後の攻撃手段だ。
「落ち着け! 落ち着けって! 俺は転生者や!」
「……え?」
どうやらゾンビではなかったらしい。
「なるほどなぁ。転生者たちに囲まれて痴漢されて、そんで恐くなって逃げて来たって訳か」
俺はどういう訳かゾンビに事情を説明していた。無口な俺から言葉巧みに情報を引き出してくるゾンビの質問力には驚かされっぱなしだ。
「カスやな、その痴漢野郎」
ゾンビは名前をケムシンというらしい。見た所害は無さそうだ。……見た目以外は。
「大変やったな、ミョンチーちゃん。女の子なのにこんな世界に来てしもうて。周りキモオタばっかで辛かったやろ」
「あの……俺、中身男です」
「ほー、TSか。珍しいな」
やっぱ珍しいのか。というか
「あの、オタクばっかりって……」
「ああ、知らんのか? この世界に来る転生者って、生前ニートだった奴ばっかなんよ」
ああ、それでTSとか男の娘とかに理解がある奴が多かったのか。
ていうか普通に初耳だぞ。クソ神父め。
「他だとブラック企業の社畜とか、後は借金で首が回らなくなった奴とかやな」
なんだそれ? どういう基準だ? ひょっとして……
「まあ要するにあれや。この世界はな」
俺は死ぬ寸前の出来事を思い出していた。この世界に来る条件というのはまさか
「自殺者が落ちる地獄や。それも異世界に憧れを持った奴のな」
驚きもひとしお。
「あの……ケムシンさんはどうしてこんな所に?」
「俺が自殺した理由か? 臆病そうに見えて随分踏み込んだ事聞くなぁ」
「いえ、そうじゃなくてその……なんで森に?」
特にその腐乱死体みたいな姿はなんだ? 生きてるのか?
「ああ、そういうことな。転生は諦めて消えて無くなろうと思ってな」
消えて無くなる?
「その辺も知らへん? 転生者は49日間死に戻らずにおると体が朽ち果てていって最後は消滅するんよ。転生放棄って見なされてな」
ええ……
眠気も空腹もリセットしないでそんなに?
「それだけの強い意志を見せれば転生を拒否させてもらえるって事やろな。ちなみに今30日目や。睡魔とかはピーク過ぎたらなんか消えた」
なんかもうそこまで来たら修行僧どころか解脱できそうだな。……マジで解脱するんじゃないだろうな?
「なんで転生したくない……んですか?」
「別に転生したくないわけちゃうで。ただなぁ、最初のスキルガチャに爆死して、全然ダンジョンクリア出来んでな……」
まじかよやっぱガチャ最低の文化だな!
「役立たずやからパーティーも追い出され続けて、無理やなって」
……なんだろう、可哀そうになってきた。いや、俺もさっきまで心折れかけてたし偉そうな事は言えないけどさ。
でも……
自殺してしまうような人生で、こんなクソな世界に落とされて、しかもこの世界でも苦しんだだけで、
最後は一人朽ち果てていくなんて
そんなの、辛すぎるだろ。
「あの、ケムシンさん。俺とパーティー組みませんか?」
俺は、気が付けばそんな事を言っていた。