第62話 幕間:情報弱者
この世界はとても過ごしやすい気候である。
四季らしきものはあるが、夏はカラッとしていて冬は風が緩やか。雨季がある訳でもなければ嵐の類もほとんどない。
せいぜい時折降る雨がダンジョンに行くのを妨げる程度。それがこの世界に来たばかりの転生者の感想だろう。
だが、実際はそうではない。
地球ではまずありえない、局所的でいびつな自然環境。
ある場所には砂漠が広がり、ある場所では大雨が降り注ぎ、ある場所では台風が木々を薙ぎ倒す。そしてその環境は町から離れるほどに過酷になっていく。
町の近くのダンジョンを狩りつくした転生者は、そのころになってようやくそれらの異常気象を目の当たりにする。多くの者が通って来た、そしてこれからも通る道だろう。
そして今この時、町から遠く離れた地を歩く2人の転生者が居た。足元の雪を踏み分けながらある方角へと迷わず進み続けている。
現在初夏。気温マイナス8℃。
「ううっ、寒いのじゃ」
両腕を抱きながらそんな事を言う幼女。口とは裏腹に全然元気な足取り。そして相方へと甘えるような視線を送り続けている。
「このままでは凍死してしまうのじゃ~。はっ! こんな時は人肌で温め合うに限る、そうは思わんかえホス坊!?」
頬を染めモジモジする幼女。それを横目で一瞥した相方はまたかと思いつつため息をついた。
「乾布摩擦でもしてろ」
「んもう、ホス坊のいけず! こんなかわいいロリっ子が言い寄っとるのに嬉しくないのかえ?」
「お前のような幼女が居るか。無理するな婆さん」
幼女の名はバーバラ。転生者にしてのじゃロりにしてロリババアであった。享年90歳。
「なんじゃその言い方は! もう我慢ならん! 無理にでも温まってやるのじゃー!」
そう言ってルパンダイブするバーバラ。迫りくる幼女にさすがに相方も慌てた。
「や、やめろ! キスするな! 神罰が下る!」
「本望なのじゃ。このままR18展開にしてやるのじゃー!」
「抱きつくな! ヤめろ!」
「合法ロリの性欲舐めるななのじゃー!」
「ぐあああああああ!」
十数秒後、そこにはアイアンクローされ宙ぶらりんとなっている幼女の姿があった。
そしてアイアンクローをしている相方の名はホスディア。彼のバーバラへの視線は周囲の氷よりも冷え果てていた。
「それはやめろ。マジで」
「分かったのじゃ……」
大人しくなったバーバラが地面に降ろされる。もう何度目か分からないやり取りに、相方はまたもやため息をついた。それはもう深く深く。
「バーバラ、俺たちがここに何をしに来たか言ってみろ」
「ハネムーンじゃろ?」
「マップの外がどうなっているか確かめるためだ」
転生者に与えられた機能、マップ。
念ずることで目の前にウインドウが浮かび上がり、ダンジョンや自分の位置を確認する事が出来る。表示されるマップの範囲はおよそ100㎞四方。
「町以外にも集落はあるが、どれもマップの中心付近ばかり。中心から離れるほど厳しい環境になるからだ。行商人の類も見た事が無い。ここには外との関わりが一切存在しない可能性がある」
「そりゃまあ、この環境じゃからのう」
足元の雪を踏み潰すバーバラ。わざわざこの中を何十キロもかけて商売に来る人間が居るとは思えない。
「まるで閉じ込められているようではないか?」
「転生者が逃げられないようにかのう?」
「住人もろともか? 転生者だけが通り抜けられないバリアでも張ればいいだろう。それくらいできるはずだ」
「確かにのう……」
バーバラは首をかしげたが、考えても分からない事は分からない。なぜなら土台となる知識が無いから。ゆえにどんな推測も妄想の域を出ない。
「俺たちはこの世界の事を知らなさすぎる。いや、それだけではない。俺たちがどのように転生するのかすら俺たちは知らされていない」
どんな世界に転生するのか、今のステータス・スキルは引き継がれるのか、赤ん坊スタートなのか、親は、身分は、そもそも本当に転生できるのか。
「俺たちがダンジョンを攻略しているのも、転生できると神父に聞かされたからだ。だがそもそもあの神父の説明が正しいのかすら疑わしい」
「神の奴にも騙された訳じゃしのう」
死後の世界があるかは死んでみるまで分からない。同じ理由で、本当に転生できるのかもボスを倒すまで分からないのである。そして転生して帰って来た者はいない。
「その上こちらが質問しても今はまだ知らなくていいの一点張り。神父は俺たちに情報を与える気が無い。これではあまりに俺たちが不利だ」
情報の正しさを精査するには情報が必要である。ゆえに今の状況は神父の独壇場。たとえ黒でも神父が白と言えば転生者は白だと思わざるを得ない。
「だからまずはこの世界についてだ。調べられる事から順に調べる」
「知的で素敵なのじゃ~」
「まて、早まるな! 欲情するな!」
「今は我慢するのじゃ」
「永遠に我慢しろ。年長者だろうが」
「肉体的には最年少なのじゃ!」
バーバラは決め顔でそう言った。その姿は享年を知っているホスディアからすれば、実に痛々しいものであった。
気温はどんどん下がっていった。さらに雪と風。猛吹雪である。
「着いたぞ。ここがマップの端だ」
「まさかのダンジョンなのじゃ」
ダンジョンはマップに点として表示される。点の位置はダンジョン領域の中心。ゆえにマップからは分からなかったが、マップの縁を1周するようにダンジョンが連なっていた。
つまり、マップの外に行くにはダンジョンを通り抜けなければならない。
「2人だけだが止むを得ん。強行突破するぞ」
「合点承知の助なのじゃ!」
2人は中で雪が猛り狂っているダンジョンへと突入した。
~氷龍のダンジョン~
区分 :ノーマル
タイプ:永久凍土
人数 :6名以下
難易度:☆☆☆☆☆




