第59話 私刑
夜。暗がりに紛れて広場を訪れる2つの人影があった。
「はっちゃん、本当にやるの?」
身長ほどものハンマーを手にした大男が、もう一方のヒョロガリの男にそう確認した。
「当然だ。目には目を、歯には歯を。あいつらは俺たちが反撃しないのをいい事にやりたい放題しやがった。だから俺たちが何をやってもあいつらは文句を言えないんだ」
はっちゃんと呼ばれたヒョロガリ男は恥ずかしげもなくそう言い切った。
事実は異なる。彼らはジョン少年にナイフを突き立てようとし、助けに入ったミョンチー達にも攻撃した。ただ、結果的に彼らだけが傷を負ったのである。それを自身に都合がいいように捉えた事で、ヒョロガリ男は自分こそが被害者なのだと正当化していた。
「でもいいのかな? せっかく地面直したのに」
ミョンチー達が石畳を修復する姿を彼らは偶然にも目撃していた。広場が教会の目と鼻の先にある以上、転生者がそれを見かけるのは仕方のない事ではあるが。
「だからだよ。せっかく直したものが自分たちの行いのせいでまた壊されるんだ。自業自得だろ?」
「直すのにまた時間かかっちゃうんじゃない?」
「知らないのか? レンガって土をこねて焼いたらすぐに作れるんだぜ? 平気平気」
「へえ、そうなんだ。はっちゃんって物知りだね」
大男にはヒョロガリの言う事の正しさを精査するだけの教養が無かった。そしてヒョロガリにレンガ造りの経験など無かった。
「分かったらやるぞ。思いっきりやれ」
「うん」
ヒョロガリに言われ、大男がハンマーを振りかぶる。そして足元のレンガへと振り下ろした、その瞬間だった。
ザシュッ――
何かが裂けるような音と共に大男が倒れた。首から勢いよく噴き出す血。そして光の粒となり教会へと死に戻っていった。
ヒョロガリはそれを目撃し、しかし何が起きたのか把握できていなかった。
「え?」
ヒョロガリの首が斬り落とされた。彼の死体もまた光に消え、後には血の1滴もそこには残らなかった。
「な、なにが起こったの!?」
「俺が知ってる訳ないだろ!」
教会で復活した2人。蝋燭の光が礼拝堂の中を照らしている。昼間は神秘的な礼拝堂は、わずかな光しかない夜には恐ろしげな雰囲気を充満させていた。
外への扉が開き、何者かが入って来た。
「念のためにと見張ってたら、まさか本当に来るなんてびっくりっスよ」
入って来たのは、シリルだった。
「あ、お前!?」
「あの時の蹴り技の人!」
なぜここに居るのか、何をしに来たのか。数々の疑問を前に困惑を隠せない2人。
だがシリルの手に光るものが握られていることに気づき、彼らはようやく事態を飲み込み始めた。
「お前が俺らを殺したのか!? 何のつもりだ!」
「あの石畳は私たちが苦労して直したんスよ? 壊されそうになってるのを見たら邪魔するに決まってるじゃないっスか」
短剣を見せつけるように蝋燭の灯にかざすシリル。先ほど彼らの首を斬ったのも、この短剣によるものである。
「お前馬鹿だろ。守り切れる訳ない。俺たちはいくらでもリスポーン出来るんだぞ? それともずっとあの広場に居座るつもりか?」
「そこまではしないっスね。私もダンジョンの攻略早く進めたいんスよ」
あっけらかんとそう返すシリル。その態度を見て何か秘策があるのかと考えたヒョロガリは、しかしそんな方法を思いつかなかったがゆえに無いと結論付けた。
「残念だったな。お前が諦めたとき、それがお前らの大事なものが壊される時だ。お前が諦めるまで俺は絶対に諦めない。何回でも壊しに行ってやるよ」
雨が降るまで雨乞いを続ければいつか雨は降る。後は気力の問題である。そしてヒョロガリは復讐する気満々であった。
だが、
「何か勘違いしてないっスか?」
「あ?」
「そもそも町への破壊行為は神罰の対象っスよ? あんたらにあの石畳を壊すのは不可能っス」
「……嘘だね! 神罰が下るんだったらお前が守る必要も無いはずだ」
「それは気持ちの問題っスよ。さすがに目の前で壊されそうになってたら黙ってられなかったっス」
「ふん、苦しいごまかしだな」
鼻で笑うヒョロガリ。一方のシリルは落ち着き払っていた。
「そう、だからこれは気持ちの問題なんスよ。私の大事なものにケンカ売って来た奴らをシメたいという、それだけの話っス」
シリルの姿がかき消える。次の瞬間ヒョロガリの右手が落ちた。目にもとまらぬ速度でシリルに斬られたのである。
「うわあああ!」
「はっちゃん!?」
「もう二度と調子に乗れないようしてやるっスよ」
「……っ! 無駄だ! 見ろ!」
ヒョロガリが右手を掲げる。斬り落とされたはずの右手が完治していた。
「ここは教会だぞ! どんな傷もすぐに全快だ! どんな攻撃が来たって――」
ヒョロガリが首を両断された。そしてリスポン。
「い゛ってええええ!」
「よくもはっちゃんを!」
大男がハンマーを振り回した。筋力ステに任せた重い一撃。だがシリルには当たらない。速度で圧倒的に負けていた。
「よっと」
シリルの攻撃。大男の隙をついてとりあえず10連撃。その斬撃の1つが動脈を切り裂きクリティカル判定となった。リスポンする大男。
「硬いっすね。でも最低限通るだけの攻撃力があれば、後は攻撃を当てた方が勝つんスよ。やっぱり早さこそ強さっスね」
シリルは速度至上主義である。そんな彼女のステータスは以下の通り。
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・急降下ハヤブサ(ランク4)
筋力:☆☆
耐久:☆
速度:☆☆☆☆☆
魔力:☆☆
器用:☆☆☆
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速度はカンストの☆5。もはや人間が生身で出せる速度ではなかった。
「馬鹿め! 早いのが自分だけだと思ったか!」
ヒョロガリが勝ち誇ったように声を上げた。
「ここは教会なんだよ! ステータスだって変更できるんだ! そして俺は速度☆5のステータスを持ってる! この意味が分かるか!」
「分かんないっスね。教えてもらえるっスか?」
「俺はもうお前のスピードに追い付けっぶ!?」
ヒョロガリは背中を斬りつけられた。
「な、なんでだよ!」
激痛に悶えながら睨むヒョロガリ。速度☆5により動体視力も上昇しているはずのヒョロガリはしかし、シリルの攻撃を目で追う事すら出来ていなかった。
なぜか。
それは彼女のスキルに理由がある。
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・辻蹴り(ランク3)
強力な蹴り技を放てるようになる。
このスキルは魔力を消費しない。
・貯金癖の先駆者(ランク5)
助走をストックできる。
ストックを消費して加速できる。
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スキル「辻蹴り」。このスキルが彼女の速度に多大な貢献を果たしていた。
辻蹴りの能力は説明文の通り。蹴り技を使えるようになり、さらにその威力が上がる。
彼女はこの能力を、地面を蹴る事に用いていた。
ステータスの速度に上乗せして、筋力×スキルの威力。それにより彼女の最高速度は速度☆5の倍にまで上がっていた。
そしてもう一つのスキル「貯金癖の先駆者」。これがまた曲者だった。
説明文では助走をストックと書いてあるが、要するに移動スピードを一時的に0にするという効果なのである。そして任意のタイミングで元のスピードに戻れるのだ。
つまり彼女は最高速度から一瞬で停止し、そして停止状態から最高速までの加速も一瞬で済ませる事が出来る。
予備動作は無し。速度差の緩急が激しく、ゆえに目が追い付かない。格闘戦の間合いであれば一瞬で視界の外へと回り込む事が出来る。
要するに、最高速度を上げるスキルと最高速度に一瞬で到達するスキルを使用しているのである。速度☆5程度では相手にならなかった。
「くそ、なんでだよ! チートだろ! 卑怯だぞ!」
「い、痛いよ! はっちゃん助けて!」
切り刻まれては再生を繰り返す2人。教会の中ではいくらでも傷を負う事ができた。
「痛い! 痛いいいい!」
「嫌だあああああ!」
「どうしたっスかぁ!? 田舎から出てきたばかりのDQNの方がまだ根性あったっスよ? 逃げてんじゃねえっスよ!」
逃げようとしても殺され、強制的に祭壇前に戻される。反撃しても当たらず、やがて反撃する戦意すら削られていった。
そして、
「もう……許して……」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい――」
最後には、うずくまって懇願する2人の姿があった。そしてそれを見下ろす無傷のシリル。
「二度と私の周りにケンカ売るんじゃないっスよ」
「分かり……ました……」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
2人のそんな態度に満足したのか、シリルは2人を放置してそのまま教会を去っていったのだった。




