第57話 やりたい事
レンガを焼くのには4日かかる。もちろんその間窯の火は絶やす訳には行かない。ゆえにジョルデさんとジョン君は半日交代で火の番を続けていた。
日中はジョン君が担当、夜間はジョルデさんが担当だ。
そして俺たちは両方担当。休み無し!
「ブラック企業や……」
「まあ、でもたまに薪入れるだけだし」
「朝日が眩しいっス……」
夜が明けた事でジョン君が起きて来た。ジョルデさんは火の番を交代してそのまま就寝、と思いきや――
「畑仕事!?」
「え、今から?」
「うん」
なんとクワを手に畑へ。
「キツ過ぎへん?」
「働かなかったら死ぬだけだよ」
「一旦寝てからでいいんじゃないスか?」
「だめだよ。日が高くなる前に水やりしないと葉が痛んじゃう」
畑の都合に人間が合わせないといけないのか。まあ仕方ないのか。
「窯業だけでは食べていけへんの?」
「レンガは食えないだろ?」
そういう問題?
「あまり金にならないのか? この仕事って」
「金って何?」
「えっ?」
どうやらこの世界は物々交換が基本らしかった。
と言う訳で貨幣制度について説明。だがそれを聞いたジョン君は納得いかない様子だった。
「つまり金を渡さないと誰も助けてくれないって事?」
「助けてくれないっていうより、生活が出来ないって感じやな」
「金って皆沢山持ってるの?」
「いや、仕事によって稼げるお金も変わるで。ギリギリで生活しとる人も居るな」
「不平等なんだね」
「でもたくさん働けばその分贅沢もできるで」
「贅沢したら他の人が困るじゃん」
なんだろう、ジョン君とケムシンの会話が微妙に噛み合ってない気がする。価値観が違うからか?
「そっちの世界ではどうか知らないけどさ、仕事ってさ、助け合いなんだよ。畑仕事しようにも農具を作る人が必要だし、うちは逆に窯業が忙しいから自分たちが食べる分を作り切れない。人は1人じゃ生きていけないんだ」
まあ、日本でもよくある話だな。
「贅沢できる余裕なんて無いし、もし贅沢できるくらい食べ物あるならおすそ分けするのが普通。ここではね」
ああ、なるほど。日本と違ってそこまで豊かじゃないからこそ助け合いの必要性が高いのか。困った時に今度は自分が助けてもらうためにも。
「助け合うなら窯業に専念してもいいんじゃないスか? この家だけっスよね? 窯業してるの」
「畑仕事しないって、それ恵んでもらう気満々じゃん。最初からアテにしてる人を誰が助けてくれるのさ」
助け合うのが普通。でも自分で出来る事は出来るだけ自分でする。それがこの世界の人々の生き方なのか。神の教えが生活にしっかり結びついてるんだな。
「スローライフって、実は全然スローライフじゃないんやな」
ケムシンは最後にそう零したのだった。
今思えば、日本という国はすごく豊かだと思う。俺は恵まれた国に暮らしていた。
何といっても農業や畜産以外の仕事が多かった。なのに飽食の時代とさえ言われていた。お金を払えば生活に必要な物はなんでも手に入る国だった。
人は1人では生きていけない、日本で聞くこの言葉の何と軽い事だろう。
日本では働くのは金を稼ぐためという意味合いの方が強かった。金があればいい暮らしができるからな。助け合いのために働くという認識は、少なくとも俺には無かった。
そもそも俺は働いてなかった。引きこもりだった。他人と関わるのが怖くて、引きこもりを続けるほどにそれは強くなって、そして罪悪感もまた強くなって、でも他人と関わるのが怖くて――。
ある日俺は思った。自分は誰にも必要とされていないと。俺が居なくなっても何も変わらないと。自分に居場所など無いと。
そう思ったら、俺はあっさりと、自殺を決意していた。
あの時の俺に聞かせてやりたい。ジョン君の言葉を。
仕事とは助け合いなのだと。働く事は誰かに必要とされる事なのだと。自分の居場所は作れるのだと。
その事に気づいてたら、俺は死ではなく部屋の外に救いを求めたかもしれない。そして罪悪感を払う事もでき、仕事仲間の1人でもできたかもしれない。
だから次こそは――
「ケムシン。俺、転生したら人の役に立つ仕事に就きたい」
「え、どんな仕事なん?」
「……まだそこまでは分からないけどさ、生まれた家とかにもよるかもしれないけど、出来る事を見つけていきたい。どんな仕事にもきっと意味はあるはずだから」
「やりがいのない仕事だってあると思うで?」
「仕事になってるんだから必要ではあるんだろ? やりがいを感じにくいだけじゃないか?」
「上司がよく怒る人だったりするかもしれへんで?」
「ちゃんとした理由で怒ってるならいいんじゃね? 理不尽な理由で怒られたら聞き流すよ」
「働いても働いても仕事が終わらん事もあるかもしれへんで?」
「まあ、仕事なら辛い事もあるだろ。自分が出来る範囲で頑張ればいいんじゃないか?」
「給料がまともに出ないかもしれへんで?」
ケムシン、心配性だなぁ。まあ転生後の世界がどんな世界かも良く分からないわけだし仕方ないか。
「もしブラックだったら別の仕事探せばよくないか?」
「職業選択の自由がある世界やとええな」
……確かに。
「そういうケムシンはどうなんだ? なにかやりたい仕事とかあるのか?」
「俺か? うーん……スローライフに憧れとったけど、話聞く限り大変そうやしなぁ……」
「はいはーい、私は秘書になりたいっス!」
「秘書?」
「だって格好良さそうじゃないっスか? クールビューティーって感じで」
格好良さ優先か、憧れも確かに重要かもな。でも――
「やっぱり俺は人の役にどれくらい立つかで選びたいかな」
どんな仕事に就けるかは転生後のお楽しみになるだろうけどな。来世がまともな世界であることを祈るばかりだ。
そんなこんなで俺たちは4日間レンガを焼き、さらに4日かけてそれを冷やした。
あれだけ熱くなっていた窯もすっかり平温に戻り、中には綺麗に焼きあがったレンガが並んでいたのだった。




