ハイキング 01
近所の案内、と言っても、実質山登りだった。
裏庭から見えていたのが『大山』、元白鳥のシンボルともなっている。
オオタルと、中腹にある津久根神社に案内するよ! とトモエは先に立って元気よく歩き出す。
いや、どっちも昔おじいちゃんにつれてってもらったことあるから……と遠慮がちに断ったつもりだったが、結局そのまま引っ張って行かれた。
歩きながらミワは昔、おじいちゃんや他の親戚からよく聞かされていた話をいくつも思い出していた。
たいがい、この大山に関する言い伝えみたいな話が多かった気がする。
そしてどれもちょっぴり、小さなミワには空恐ろしく思えたものだった。
滝の裏の洞窟の話、血吸いコウモリ(実際にコウモリはいたが、人の生き血は吸わないはずだった)、神社の黒装束連中、豆腐石などなど……
でも、この明るい景色、のどかな小鳥のさえずり、ほのかに香る花、どれをとっても不吉な気配すらない。
気を取り直し、ミワはトモエの背中をあわてて追いかける。
沢伝いに上ること三〇分。ミワがぜいぜいしてきた頃、トモエが急に立ち止まった。
「ほら」
トモエはうれしそうに前方を指さす。
竹林に遮られてよく見えないが、水音が明らかに変わってきたのにミワも気づいた。
「もうすぐだよ」
滑るから気をつけてね、と言いながらも沢の岩場を選びながら進むトモエの足取りは相変わらず軽い。慣れた道のようだ。
右に左に、沢を伝い、大きな岩を回り込むようにして、ふたりは滝つぼの前に立った。
感動という程の水量ではなかった。
それでも、首をほとんど真上に向けて見上げるほどの岩壁から、いくすじも細く水が流れ落ちている。
まだ幼稚園くらいの頃、おじいちゃんとイトコたちに連れられて、この滝の下に立ったことがあったのを思い出した。
その時には、おじいちゃんの言い方もあったせいか、他に滝など見たことがなかったせいか、この『オオタル』がこの世で一番大きな滝だと思いこんでいた。
水ももっと多く、こんなに近くには寄れなかったはずだ。
その話をすると、トモエは、くすりと笑って言った。
「お父さん、茶目っ気だけは人一倍だったからねえ。言いかねないね。それにここに来たの、雨上がりだったでしょ、たぶん」
そう言えば、せっかくの夏休みなのに何日も雨にたたられた気がする。
楽しみにしていた川辺でのバーベキューが中止になって、すっかりふてくされていたミワに、夕方近くようやく雨が上がった頃、「それなら『にっぽんいち』の『オオタル』を見に行こうか」、とおじいちゃんが声をかけてくれたのだった。
「雨が降るとねえ、ちょっと、すごいんだよ」
トモエの言い方はどこかやっぱり、おじいちゃんに似ている気がした。
どうする? 左から滝を見おろす所まで上れるんだけど、すぐ上がれるけど? とトモエに誘われたが、水量も微妙だし……とミワが口ごもると、じゃあ次行こう! とトモエはまた元気よく先に立って歩き出した。
いや、もう降りて行ってもいいかも、ということばを飲んで、ミワは仕方なく後に続く。
滝つぼの脇から更に山に登っていくと、農道にぶつかった。
下ればそのまま元白鳥の集落まで帰ることができるが、トモエはもう少し上ってみよう、とミワを誘った。
コンクリートで細かい刻みのついた、車がすれ違うのもやっとという農道が、大きくうねりながらある時は雑木林を、ある時はミカン畑の合間を、ある時は竹林の中をずっと上りながら続いている。
「あれさ」
雨のせいだろうか、崖が少しばかり崩れてむき出しになっている所を、ミワは指さした。
「豆腐石かな?」
確かに道の脇、崖下に、黄色っぽい肌の、直方体に近い自然石がひとつ、転がっていた。
一辺が三〇センチかそこらだ。
「えー、古い話知ってるねー」
トモエが面白そうに笑う。
「確かに、四角いよね、黄色いし」
それから悪戯っぽく問いかけてくる。
「持って帰りたい? 五〇キロはないと思うよあれなら」
「えーやだよ! 呪われたくないもん」
そこか! 重さじゃないのか! とトモエが笑い、つられてミワも笑いだした。
「リュックにはちょっと入りそうもないしねー」
そう言えば、とミワは急に思い出す。
「家の玄関先にさ、白っぽい石の板が敷かれていたよね、あれって……」
そう、カラスがいたのだ、あの時。
あの石に足をかけようとした時。そう続けようとしたせつな、うんうん、とトモエが軽くうなずいた。
「あそこ買った時に、お父さんが石の板を敷いたんだよ」
「おじいちゃんが?」
「そうそう、ホームセンターで安く売ってた、って言ってたかなぁ」
豆腐石ではなかったんだ、ミワはほっと肩の力を抜く。
「ホームセンターかぁ」
「一枚数百円、とか? まあ、ワタシは石のの値段なんて分かんないけど。で、何?それが」
「いや……何だか、お洒落で気になったんだ」とミワがごまかそうと思った時、トモエが
「まだ神社、見えないよ。日が暮れちゃう、行くよー!」
そう、急に背中を押してきた。
ふたりはさらに先を急いだ。