ミワから聞いたお話 02
畑山小の児童が多数行方不明になった事件は、また、元白鳥の自治会関係者が数名姿を消したことは、始めのうちはメディアにも大きく取り上げられた。
梅宮さんも長い入院の後、任意で何度も話を聞かれたようだ。
梅宮さんは、何も語らなかったらしい。
梅宮さんがひとりで家を出たのは、すでに元白鳥のことがニュースに一行も載らなくなった頃、夕方遅い時間だったという。
『あの日』から、家でもめっきり口数の減っていた梅宮さんは、普段着のままで玄関から外に出た。
その頃にはすでにお勤めに出ていたカオリちゃんは、ちょうど帰宅したところだった。
いつもあまり外に出なくなっていた父親に、どこに行くの? と声をかけた。
すっかり白髪の多くなった梅宮さんは、ふと顔を上げて、カオリちゃんの顔を数秒、眺めていたんだって。
パパ、何? そう聞く彼女に、梅宮さんは
「よかったよ」
ひとこと、そう言っただけで、表に出て行った。
それっきり、梅宮さんは二度と帰ってこなかった。
もちろん、今でも「よかった」なんて言えない人は大勢いる。
元白鳥と周辺の地域は今でもまだずっと、、巨大な隕石孔にも似た喪失を埋めるため、もがき苦しんでいる。
決して埋まることのない、その穴を埋めようとして。
矛盾していると言われるかも知れないけど、それでもじわじわと、私たちは日常を取り戻しつつある。
大量にいなくなった子どもたち、大人たち……彼らですら、少しずつすこしずつ、多くの『無関係な』人びとの記憶からは消えていった。
私は元白鳥から離れたけど結局、青沢市に転居して、こちらの大学に進学し、こちらで就職先をみつけた。
ケンちゃんは逆に東京の大学に入り、あちらで腐れトマトの先輩と音楽活動をやっている。それになんと、
「ギターくれたその彼女と同棲始めちゃったよ、だから言ったのに、ミワちゃん油断したら横取りされるよ、って」
何度もそう口を尖らせて言っていたルリちゃんは、逆に名古屋の大学に入ることになった。
よくあることじゃないの? と圭吾兄いはあんがいあっさりと言った。
ことの全てを洗いざらい、兄貴にぶちまけた時に。もちろん、失恋までの一部始終まで。
「そうさ、よくあることなんだよ。戦争だったり、大災害だったり。
それにモチ、失恋なんてのも含めて。
災厄なんて、大小とりまぜて、ごく当たり前の顔して世界中どこにも転がってるものなのかもね」
と。
どこにも同じような苦悶は見られるのだろう。
そして誰もが無意識のうちに穴を埋めようと、傷を癒そうと、その日を暮らしている。
ルリちゃんですら、今でも悪夢にうなされることがあると言う。
それでも日々は流れていって、私たちはそれなりに過ごさなければならない。
「いつまでも、ここからは逃げられない」
そんな覚悟はいつも持ってね。
そう、日常という『こちら側』に戻れた私たちだって、決して油断しているわけじゃない、だって、
私の心の表面には、あれから何年も経つというのに、なにかの予感がうっすらと、油の膜みたいに張ったままだから。
そして、奥底から時おり、ひそやかな声がこう囁くのが、聴こえるから。
『オオタル』はあの場に在るだけではない。どんな所にも、闇の場所は密かに息づいているんだよ、と。
そしてソレらは、静かにしているように見えてもただ、束の間の眠りに入っているだけなんだよ、と。
次の『時』まで……




