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ルリさん 02

 目玉ババアと呼ばれて、いたんだね。


 ルリさん、今は団地の一番奥にある、滝へのハイキングコース駐車場あたりに、その頃には掘立小屋があってね、そこにずいぶん年取ったばあさんとふたりきりで住んでいたんだよ。

 ぼろぼろの身なりで、サワガニを採ったり木の実や山菜を集めて、暮らしていた。


 村の連中が噂するに、バアサンとルリさんとは、昔むかし山の中に暮らしていた『クロシュウ』の最後の生き残りだと。

 確かにいつも、ふたりは黒い着物を着ていたね。そして裸足で山を飛び回っていたんだ。


 俺とヒロシゲと遊んでいた時に、彼女にばったりと出くわしたことがあった、そう、山の沢で。

 クロシュウに遇っても、近づくな、そう言われて育って来たから、俺たちはすぐに逃げようとした、しかし何だか妙に気になって、ふたりして逆に、そっと近づいて行ったんだ。


 もう中学に入っていた時だな、バアサンは少し前に亡くなり、ルリさんはひとりで暮らしていたらしい。彼女もすっかりいい娘になっていて、腰まで伸びた髪を、後ろでひとつに結っていた。


 そんな彼女はその日、何をしていたかって?

 ひとり、沢でイノシシをさばいていたんだよ。

 木漏れ日の中で黙々とイノシシをさばくルリを見て、俺もヒロシゲも言葉もなく、立ちつくしていた。なぜか無性に胸を打たれたんだ。


 ルリはすぐに俺たちに気づき、すっ、と立ち上がった。凛とした声が沢に響いた。

「命は奪うものではない、いただくものだ」

 それから彼女は続けて言った。

「たとえ虫いっぴきでも、鳥一羽でも、必要ならばその肉はつくねてやるさ。

 しかし、必要なければどんな命も、損ねてはならない」

 そして、俺たちに大きなピンク色の肉を差し出した――さばいたばかりの猪の肉を。


 その時俺は気づいたんだ……既に、彼女は身重だった。

 誰の子どもかは、訊かなかったさ。

 しかしルリさんは、本当に、満ち足りた笑みで俺たちに肉を差し出したのだ。


 ただその姿が、水面の反射でちらちらと揺らめいて、とても美しかったのは、今でも覚えている。



 次に出あった時には、俺はひとりきりだった。

 そして彼女は山の中、神社脇にうずくまっていた。

 あの日も雨だったな。

 俺はあまりにも腹が減ったので、ノイチゴがあるだろうか、と神社近くまで上がっていたから、あれは初夏の頃だった。

 シャガが咲き乱れ、その中にルリさんは埋もれるようにしていた、髪は乱れにみだれ、声に出して泣いていた。

 そして絞り出すようにこう言った。


―― 子どもを捕られた、貢物として。


 誰かが山から豆腐石を持ち出し、その代価として、子どもをひとり差し出すよう言いつけられたらしかった。

 そして標的となったのが、『どこの馬の骨とも知れぬ、クロシュウの娘の赤ご』だったのだと。


 ルリさんは、腹の底から声を絞り出してこう言った。


―― アタシは、これからずっと、命尽きるまでずっと、この村の連中を呪ってやる。


 ルリさんがこの村の……この地区の連中を恨んでいたのはずっと知っていたさ。

 でもね、

 正直、ほっとはしていたんだよ。

 団地の中の一軒に、ひとり住み始めた、って聞いたときにはね。

 ようやく静かに、ここで暮らす気になったんだな、ってね。

 呪ってやる、と言いながらも、この村の行く末を本当に、心配してくれている、そういつも、俺は感じていたんだよ。


 脈絡なく、急にルリコが叫ぶ。

「ちょっとそれ、ウーノ!」

 いっとき場が湧きあがり、ヤベじいは穏やかな笑みを浮かべる。

 何だよオマエそれ急過ぎない? ケンイチに詰め寄られて、ルリコは涼しい顔をして答えた。

「え、だってここは突っ込んでけ、ってカーコがさ」


 ミワが見上げると、白い針のごとき雨の中、梢に一羽、カラスが止まっていた。

 さも当然という顔をして。


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