緊急避難 02
うながされるまま、あるいはケンイチたちにかつがれてサクラヤマに入った自治会長はじめ呪われた面々は、その地に着くや否やすぐに眠りこんでしまった。
空気は乾き、雨はまるで降りそうにもない。
しかし空には、たくさんの飛行機雲がだらしなく膨らんでいくつもの軌跡を残している。
そのうちに、日が傾いて、心なしか大きな雲が目立ち始めた頃、まず、体力的な優位なのか、元白鳥管轄の駐在という警官が目覚めた。
しばらく茫洋とした目線であたりを眺め渡し、それから首を大きく傾げたまま、ぼんやりと立ちつくしている。
制服ということもあって、より一層わびしさが滲んでいる。
日の最後の切れはしが、西の山にひっかかり、やがてきれいに宵闇に吸い込まれてしまうと、急にそわそわと裾を直し始めた。
「どうした?」
ケンイチが棘のある声で問うと、
「あのですね」
どこか遠くを見たままだが、制服を手でひっぱったり直したりして外に出て行こうとする。
「まだ、仕事も残っておりますので、これで失礼します」
えらの張ったいかつい顔つきの割におどおどとした物言いには、昼前までの威勢はない。
梅宮を警棒で殴ったのも忘れているようだ。
そして拳銃を発砲してしまったのには、まだ気づいていないらしい。
すっかり毒気の抜けた様子で、それでは、と言いながらサクラヤマの外に出て行った。
彼が山道の視界から消えて間もなく今度は篠原教頭が目を開けた。
彼は何度も目をつぶったり開けたりして、少しずつピントを調整している。ケンイチが
「ねえ……先生」
おずおずと呼びかけると、彼はおお、とうれしそうにふり返り、それから不思議そうに
「ケンイチ、こんなところで何してんだ?」
そう訊ねてきた。
ケンイチが言葉に詰まったのもそれほど気にせず
「もう下校時間かな……あそこの交差点危ないからちょっと見て来る」
そう言って、案外軽い足取りでサクラヤマを降りていった。
ケンイチは思わず立ち上がり、
「!」
何か叫ぼうと口を開いた。だが、結局は教頭の背中を黙って見送った。
ミワが寄り添うと、ケンイチは固く拳を握り、叫びそうになるのを一生懸命堪えているようだった。
「ケンちゃん……」
「仕方ないよ……あんだけ、子どもたちを」
それ以上のことばは出せずに、ケンイチは尚も彼の消えた先を見つめていた。
急に、左手滝の方角から、ひゅーーーっと打ち上げ花火の上がる音が響き、ミワたちは思わず首をすくめた。子どもたちが落とされた時と同じ音だ、それから少ししてまた、同じ音が響いた。
「ちくしょう」
つぶやくケンイチの目からは、何の感情も読み取れなかった。
それから一時間もしないうちに、自治会関係の連中は次々と目を覚まし、誰もがみな、急に心細げな表情で、口の中で挨拶を濁しながら、おのおの道を下っていった。
しかし、必ずしばらく経ってから滝の方から打ち上げ花火の上る音が響き、それっきり、静かになる。
降りていった彼らの分だけ、ぞっとするような笛の音は響いて、やがてあたりは徐々に暗くなっていった。
梅宮は何度か小さくうめき声を上げたが、少し肩が動いたり、腕が動いたりするたびに、脇に座り込んだカオリが、しっかとその身体を押さえ込んで起き上がらないように見張っている。
「だめだよ、起きちゃ」
最初にみたそっけない感じではなく、心底父親を気遣っているようだ。
「雨が止むまで、出ちゃいけないんだよ、パパ。もう少し我慢して」
ルリコが、持っていたリュックから白いタオルを一枚出して、カオリに渡す。
「これ、頭の傷に当ててやってください」
カオリは消えそうな声で「ありがと」と、タオルを受け取り、父親の頭の下に敷いてやった。
幸いにもすでに血は止まっていたようだ。
やがて梅宮はすうすうと静かな寝息をたてはじめた。表情も穏やかになっていた。




