緊急避難 01
「ルリさん!」
ルリコがすぐ脇にいるのに、ヤベじいはそう叫んでサクラヤマを駆けおりていった。
「おじいちゃん!」
ルリコが、そしてケンイチが急いで後を追いかける。
ミワは、サエに抱きつかれたまま動きが取れず、幹の間から下をのぞいた。
ヤベじいはまず、倒れているトモエの手から血まみれの包丁を外し、思い切りミカン山の下方に放り投げた。
それから倒れ伏した目玉ババアの肩をそっと揺すり、
「ルリさん、だいじょうぶか、おい、返事してくれ」
絶えず声をかけている。
「ねえじいちゃん、ルリ、ってその……」
ケンイチがおずおずと尋ねると、
「昔からの知り合いだ、ルリさんは」
そう言ってヤベじいは首にかけていたタオルをたたんでそっと彼女の背中に当て、ゆっくりと抱きあげた。
脇では、発砲した警官が呆然と立ち尽くしている。
服はぼろぼろにつつかれ、あちこち血がにじんでいた。
カラスに襲われた連中は、ある者は頭から血を流し、ある者は全身白い糞まみれになって、道に座り込んでいたり、倒れ伏していたり、見る影もない。むしろ最初から倒れていた梅宮やトモエの方が無傷のままにみえた。
意識のある者でさえも、すでに、ミワたちを襲う気が失せてしまったかのように呆けた表情をしている。
先ほどまで威勢のよかった桑原も、今はただ両手で顔をおおい、むせび泣いているばかりだ。
「どうしよう……」
ルリコがあたりを見回してつぶやいている。
「どうしたら、いいんだろう」
「決まってるさ」
声を発したのはケンイチだった。
ヤベじいはまだ、茫洋とした姿で目玉ババアをかき抱いている。
ケンイチはまっすぐサクラヤマを見上げていた。
「ミワ、ちょっと降りて来てくれない? サエちゃんはそこで待ってて。みんなで手分けして、コイツらをサクラヤマに運ぶんだ、まずミワと、ルリコ、意識のある人を集めて、歩かせてくれ、いいな」
「あの、トモちゃんは」
下に降りて、トモエの脇にかがみこんで、ミワはそっと脈を確かめる。
彼女はすっかり血の気が失せ、目の下にはっきり見えるほどの隈があったが、それでもかすかに脈が感じられた。
「ごめんなさい、あの……でも」
ミワの目に涙が盛り上がる。
「トモちゃん、でもこのままじゃ」
「もちろん、トモエさんも運ぶんだ、みんなね、サクラヤマに」
ケンイチの力強い声にミワの目から更に涙がこぼれる。
「うん、ありがとう」
「パパ! 目を覚まして!」
カオリは梅宮を揺さぶって何度も呼びかけている。
「どうしよう、頭から血が」
「頭をケガしてるから、揺さぶっちゃだめだ」
先にトモエを置いてきたケンイチが戻ってきて声をかける。
「梅宮さんも運ぼう、カオリン、足の方持ってくれる?」
カオリは涙を拭いて、父親の足の方に立った。
ケンイチは注意深く梅宮の肩口に腕を差し入れ、頭全体を抱え込むように持ち上げた。
血がさらりと落ち、ケンイチの手を赤く染める。カオリはそれを見るなり、真っ青になって父親の足を取り落としそうになった。
「がんばって」
ミワが声をかけると、カオリはぐっと唇を噛んで、また足を抱え直した。
「そうだ、ゆっくりね」
「サエちゃんもてつだうよ!」
サエがサクラヤマを駆けおりてきた。
「ルリちゃんをかんびょうする!」
ルリコが嫌そうな顔になる。
「何か紛らわしくってヤダなぁ」




