カラスの群れとともに 03
ツクネジマの町内会長に梅宮を推薦したのは、桑原自身だった。
梅宮は妻の従兄にあたる。高校生と大学生の子どももいた。
呪われたツクネジマで子どもたちを守るには、大人が『役付き』になるのがいちばん手っ取り早い方法だ。
今までも、団地には何かと良くない事が多く起こっていたが、団地の『役付き』になれば、なぜか『厄がおちる』と言う人もあった。
うっすらと噂を耳にしていた梅宮は、もちろん二つ返事で町内会長の役を受諾した。
目玉ババアの声はどこか淡々と昔語りじみていた。
「カーコから聞いたんは、もう、あの子が行方不明になって、また見つかった後だった。
カラスはひとさまの生き死になぞ、あまり頓着ないからね。
だから、公民館の話をひととおり聞いて、何となく分かったのさ……
あの子、下校途中アンタらに浚われて、サクラヤマにまず連れていかれたんだろ?
夜中にうまいこと言ってあそこに上らせて放ったらかしにして、少ししてから、近所の親切なオヤジか警察のヤツが助けに行くフリをする。サクラヤマから降りてきた所をまた捕まえて、今度はオオタルへ放りこんだ。
……あの子はしかし、崖にでもひっかかったんだろうね。
その場で生贄にはならずに済んだ。
しかし穢れてしまった身、結局は逃げ切れなかったんだろうね」
「で、でもあの娘は結局自分で飛び降りて死……」
「カーコの友だちが、説得に行ったが間に合わんかったのさ。
仕方ないから、サクラヤマにもう一度上って、雨を待つよう伝えようとしたんだが、あの子はオマエらのせいですっかりカラスを怖がるようになっちまってね」
「オマエが」
桑原自治会長の目がわずかに細くなった。
「オマエがもっと前にくたばっていれば、こんな騒ぎにはならなかったんだ……全部、オマエが生き延びて、周りから出て行けと言われてもしぶとく住みついて、呪いを振りまいていたから……インチキなまじないをしてみせたり、カラスを操ったり……平和な団地を、いや平和な村を引っかきまわして……オマエのせいだ全て」
今度は目玉ババアが目を細めた。
「アタシをあそこに住むように仕向けたのは、村の連中さね」
いつもの呑気な口ぶりだ。
「戸籍を作る話を握りつぶしたのは、前の前の自治会長さ、オレらが面倒みるから、と最後には土下座して。それにね」
急に声を落とす。
「アタシは誓ったんだ」
低めた声だが、そのことばは地を這いミワの耳にもはっきりと届く。
「アタシの子どもをオオタルに投げ込んだ、村の連中がすべてクタバルまで、この地にしがみついてやる、ってね……黒衆さいごの生き残りとしても」
桑原が息を飲む。
「クロシュウ? 何言ってるんだアンタ」
それから目を大きく見開く。
「やっぱり、オマエがオオタルの呪いをぜんぶ、操ってたのか? オレらを全部、殺し尽すために」
「逆だよ」
目玉ババアは両手を拡げる。
「この村のバカな連中を、オオタルから守るためさ」
目玉ババアは口を開け、そのまま、黙り込んだ。
そして、その口から真っ赤な血を大量に吐いた。
絶叫する桑原の前に、ゆっくり、目玉ババアが倒れ伏す。背中にも大きな血の沁み、そして、背後の斜面を今まさに上り切って立っていたのは、トモエだった。
息を切らせて嗤っていた。
両手に握る包丁を、逆手に構えて。
「トモちゃん、なんで!」
「やっと、間に合った、ミワちゃん、やっぱりコイツが」
急に糸が切れたかのように、トモエはその場に崩れ落ちた。




