カラスの群れとともに 02
イケニエ、ということばに始めはみな恐れおののいていたものの、首を折って先日亡くなった仲間のことが話題に出ると、やはり一致団結してことに当たろうという話になった。
怨霊の託けによれば、生贄には子どもがふさわしい。
子どもをひとり、サクラヤマに上らせてから不浄の身とし、穢れもろともオオタルの滝つぼに放りこめば、それはすぐさまオオタルに受け入れられ、暫くのちに新しい豆腐石として皆の元に返してよこすのだそうだ。
これで、豆腐石を我が家に迎えてしまった者たちの罪は消え、逆にその者たちは子子孫孫、安寧な将来と繁栄が保証されるのだ、と。
やがて、数年前に団地に越して来た菅田吉乃の名が挙がった。
団地の梅宮町内会長は、妻から聞いた話だが、と前置きしてから、菅田がバイト先で知り合った大学生と付き合っているらしい、と報告した。
同級生の子どもを持つ補導委員長が、彼女は家を出たがっているという噂をきいた、と付け加えた。
教頭は、彼女は元白鳥小出身ではないから、と皆を納得させた。
誰と言うともなく、カラスを飼っているあのババアの呪いだということにしようか、とまとまった。
桑原自治会長はどの意見にも、ただ、うんうん、とうなずいて同意していたのだそうだ。
今までも、この地区では子どもが犠牲になる事件事故は少なくはなかった。
しかし、自治会長は経験的に学んでいたのだ……本当に『生贄』となるのは元白鳥の中でも、ツクネジマに住む『ヨソモノ』たちだけである、と。
元々あの団地は、そのために用意された場所であるのだ、と。
目玉ババアがどんなに不気味でどんなにうるさくてどんなに他人を呪っても、彼女は団地にとって必要な駒だ。
何かコトがあるたびに、すべてあの女に罪をなすりつけることができる。
それに……あの女は『人の数に入っていない』。
桑原は地元企業で定年まで勤め上げ、ようやく悠々自適の暮らしを送ろうとしていたところだった。
ふたりの娘も社会人となって、次々と家を出ていった。
ひとりは結婚し、もうひとりは独身生活を満喫し、どちらもそれなりに元気で暮らしているようだ。
ごく普通のことだ、と桑原は自身の暮らしぶりに何の疑問も抱いたことはなかった。
だから、『戸籍のない』人間がこんなに近くに『普通に』暮らしていることじたい、桑原には信じがたいことだった。
しかも……
引継の際に、前自治会長からわざわざ念を押されたのだ。
彼女が戸籍もないまま、あの団地に住んでいることは、この地区では公然の秘密だ。
だから、自治会長としては『細心の注意を払い』、彼女の暮らしを見守っていくように。
見守る、イコール監視という意味なのだろうか、「見守って」と口に出した時の前会長の底光りするような目の色は、桑原を心底怯えさせた。
そして、その後のことばも。
「アレはアレで、役に立つこともあるんだから、ね」




