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引っ越し 02

 翌日から、ミワはひとりで、引っ越し荷物の片付けをするため団地の平屋を訪れていた。


 家は全体的に今どきではない感じで、玄関は丸いノブ付きのドアだった。

 小さな門扉から玄関までは白い石のような板が四枚ほど、飛び石のように敷かれていた。

 表面がほぼ平らで、所どころ黄色っぽくなっているので、天然の石をわざわざそこに嵌めこんだようだった。

 なかなかお洒落だな、と、ミワはそのうちのひとつに足をかけようと一歩踏み出した。

 突如、


―― がぁぁぁ


 濁ったするどい鳴き声がすぐ近くで響いた。

 びくっと足をひっこめ、おそるおそる鳴き声の方をみると、すぐ目と鼻の先、敷地境のフェンスのへりに、ソイツがいた。


 カラスが一羽。かなり大きい。

 威嚇するように、首をこちらに突き出して、しかも喉あたりの羽を少しばかり逆立てている。


 ミワはカラスから目を離さないように、ゆっくりと脇に避けた。

「何このカラス」

 つぶやいただけなのに、カラスはまた身じろぎして、じろりとこちらを睨む。

 つつかれるかも、とミワはなるべくカラスから目を逸らせないよう注意しながら、家の中に入っていった。


 玄関ドアを開けると中の土間は単なるコンクリートで、それほど洒落っけはない。

 それでも、中は時々トモエが掃除に来ていたらしく、うす暗いフローリングにも窓枠にも、塵一つ乗っていなかった。

 清潔な感じで、ミワはすっかり家が気に入ってしまった。

 雨戸を開け放つと、時季には少し早い、小鳥の声が長く朗らかに響いてきた。

 何の鳥なのか全然見当がつかないが、心の中の弾んだ思いをさらに転がすような、美しい響きだった。


 うーん、と伸びをして窓から身を乗り出す。


 玄関と縁側とは反対側の、北向きの窓の外にはささやかな庭がついていて、手を入れていない生垣で隣と遮られていた。

 その向うに数軒の屋根と、その後ろに控える大きな山がてっぺんまで見渡せた。

 梅がどこかから香っている。

 さすがに住んでいた都市部の家より暖かい地方なのだが、田舎らしく空気がきれいな分、肌に冷たく感じる。


 とんとん、と控えめなノックの音がして、その割に元気よくドアが開いた。

 トモエが満面の笑みで逆光の中に立っている。

「トモちゃん! 今日仕事だったんじゃ?」

「ミワどのの歓迎のために、早めに切り上げてきたのじゃよ」

「やったぁ」

「どうこの家、気に入った?」

 うんうん、とミワはうなずく。

「景色も素敵だねぇ、大山が近くて、自然に囲まれてさ」

「囲まれすぎだけどね」

 そうニヤリと笑ってから、彼女は片手に持った大きな一眼レフを上げてみせた。

「ねえ、近所を案内してあげるよ、ちょっとハイキングしない?」

 

 外に出て、まずあのカラスがまだいないかミワはあたりを見回してみた。

 すでにカラスはおろか、生き物いっぴき見当たらない。

「どした?」

「ううん、」

 しかし、もう敷石を踏んでみようとは思わなくなっていた。

 またあんな気味悪いヤツが出たら嫌だ。


「何でもない、で、どこに行くの?」

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