サクラヤマ、ふたたび 04
「サクラヤマのぼれ、と言われたんだろう? オオタルさまに」
「イタズラに決まってるでしょ! 離して」
カオリもどこかで聞いたことがあったのだろう。
「それに、パパにも今朝話したよ! そしたらうちは関係ない、だいじょうぶだ、って」
「そうだ!」
梅宮は口から泡を吹かんばかりだった。
「桑原さん、アンタ前に言ったよな? 役付きになれば、呪いは避けられる、って。だからオレはクソ忙しいのに町内会長も受けたんだ、それに今朝だって、何かの間違いかと思ってアンタにだけ、打ち明けたんだ、その時アンタ言ったよな? カオリは行かなくて大丈夫だ、って。それを今更なぜここに」
「正直に言えば、アンタは娘をどこかに隠すだろう?」
「な……」
梅宮がよろめいた。
「まあ、オオタルさまの呪いはねえ」
顔色を失っている梅宮とは裏腹に、桑原は涼しい顔をしている。
「私らにはどうにもならない。オオタルさまがそう言うのならば、カオリちゃんだってあそこに入ってもらわねば。いくら町内会長の娘さんだからと言っても」
「この」あとはことばにならない吼え声とともに、梅宮が桑原に襲いかかる。
だが、背後から制服の警官ともうひとりが、梅宮を取り押さえた。
警官は、慣れた手つきで警棒を彼の後頭部に振り上げ、スナップをきかせて殴りつけた。
カオリが悲鳴を上げる。警官はさらに、倒れ伏した梅宮を殴り続ける。
「止めて! パパを殴らないで!」
「やめろ」
桑原が静かに制し、警官が急に手を止めた。
梅宮は低く呻いているが、すでに起き上がる気力もないようだった。
カオリを引っ張る手を止め、篠原がやさしく告げる。
「カオリちゃん、カオリちゃんがおとなしくサクラヤマに上れば、パパはもう殴られなくて済むからね」
カオリはうつむいたきり顔を上げようともせず、サクラヤマの入口に向かって歩を進めた。
ミワがサクラヤマの入口で出迎えた時、カオリはしゃくり上げて泣いていた。
「パパが、死んじゃうかも」
「カオリ、もっと中に入って、とりあえず座りなよ」
声に気づき、カオリは呆然とした表情であたりを見回す。
「ヤベじい……」急にがばっとヤベじいにすがりつく。
「携帯あったら貸してください! 救急車に連絡するから、それと警察」
「すまん」
ヤベじいが頭をかく。昨日ケガしたばかりの頭から、黒くなったかさぶたがばりばりと落ちる。風呂に入る暇も、治療する暇も無かったのだろう。
「オレは昨日落としちまって。まあ、持ってるヤツもいるが……」
「ここ、アンテナ立たないんだ」
ルリコがスマートフォンを上げてみせる。
「それに、仮に救急車は呼べても、警察はね……」下にあごをしゃくる。
「もう、来てるけど逆にキケンだしね」
「さあ」
下から声がかかった。
「それじゃあ今度はみんなして出て来てもらおうか」
当然の口調で桑原がうながす。
「ケンイチくぅん」篠原教頭は節をつけて呼んでいる。「滝にいく、時間だよぉ」
「すぐ済むからね」西取の町内会長だとヤベじいが教えてくれた男も優しい言い方だ。
「全然、苦しくないように、さっさと済ませるから」
「さあみんな」
「出ておいで」
「やさしく言っているうちにね」
「ヤベさん」
桑原が呼びかけた。
「子どもたちの行方不明事件については、うまく言っておいてやるからね、アンタが誘拐の主犯らしくて、実は大量殺人鬼だった、ってね……」
雨。本当に降るのかな……ルリコは木々の合間から覗く青空を見上げ、少しだけ目を泳がせた。
「だいじょうぶだろう」
ヤベじいが指さした頭上に、いくつもの飛行機雲が見えた。
「あの雲がさ、どんどんと滲んで広がって行くだろう? 飛行機雲が次々と重なる時には雨が近い、それに下の煙の方向をみればね」
ここは辛抱強く、待つしかないだろう、ヤベじいの言い方はどこかさっぱりしていた。
しかし、ミワは空を見上げて大きく溜息をつく。
雨が降って、止んで、サクラヤマに捕えられた連中はいったんは無事に外に出ていける。
しかし、豆腐石に呪われた連中はずっと、呪われたままなのだ。
彼らがその気になればまた、自分たちは捕まってしまうだろう。
堂々巡りだ。空気が暗く淀んでみえる。
と、急にケンイチが、目をぐるりと動かして手を差し出した。
「聴こえない?」
何を、とミワが訊ねる前に、
下からものすごい騒ぎが巻き起こった。
ミワたちが覗いてみた時、ちょうど黒い雲が追手の上に覆いかぶさろうとしていた。




