最後の助け 02
「ミワさぁ」
カップめんにお湯を注いでいる時、ふいに脇から声がした。
気づくと、ケンイチが立っている。
今までにない、近い位置に。
ミワの鼓動がひとつ飛んだ。
「なに」
あえてさりげなく訊いてみる。
「あの……」
マイペースなくせに、いつもせっかちなケンイチが、珍しくことばを選んでいる。
「ルリコに聞いたんだけど、昨夜、かなりヤバかったって」
「うん」
「オレさ……」
「うん?」
「……なんかよく覚えてないんだけどさぁ」
「まあ、自力で歩いてたよ、みんなを引き連れて」
「そっか?」
「着いたら寝てたけどね」
声も無くケンイチが笑う。
居間が静かだったので、ミワはケンイチの向うをのぞいてみた。
「みんなは?」
「ラーメンも待てなくて、うとうとしてる。スガオは爆睡」
それから急に真顔になった。
「ありがとな」
「えっ」
注ごうとしていた手元がくるい、熱い湯がカップめんのふたに当たって跳ねた。
「っつ!」
「だいじょうぶか?」
「もう……急にありがとなんて、何?」
「だってさ、オレやルリコだけじゃなく、あいつらも助けてくれて、しかもあの女の子も」
「……」
サエちゃんの兄に、突き飛ばされた感触が急に蘇る。
「でも、」
あんなに強い力だったのに。あんなに、みんなを守ろうとがんばっていたのに。
ぐっと喉元に熱い塊がのぼり、声がつまる。
「……間に合わなかった子たちもいたんだよ」
「聞いたよ」
「……こわかった」
「ごめん」
ケンイチが手を伸ばす。「ちゃんと守ってやれなくてごめん」
ミワは、伸ばされた腕の中にそっと入る。
「ヤカン、置けよ」
「わかってるよ」
ヤカンを置いてケンイチにもたれかかる。ケンイチはミワの身体をそっと、抱きしめた。
「ねえミワちゃん小皿ってあっつヤッバ」
急に近づいた声に、ケンイチがぱっと身を離す。
えへん、えへん、と咳払いの音を立てて、いっしゅん顔を赤くしたルリコがキッチンの入口に立っていた。
「ラーメンと取り分け皿を運びにきたけど……おじゃまでしたね」
「うんホントじゃま」
言いながらも同じように赤くなったケンイチはぼさぼさの髪をかき上げてカップと箸の乗ったお盆をひとつ、もち上げる。
「おにい、スガオ起こして、湯は自分で捨てるよう言って」
居間に去っていくケンイチを目で追ってから、ルリコがミワの方を向き直った。
ミワは咳払いをする、
「うん、あとひとつ、お湯がちゃんとね、入ってなくて」
「あんなアニキだけどさ」
ルリコがまじめな顔で言う。
「なぜかモテてるみたいでさ……ミワちゃん、横取りされないように、それと浮気に気をつけてよ!」
ある程度お腹が満ち、気づいたらミワも眠ってしまっていたようだ。
コツコツ、何かが窓に当たる音で目がさめた。
たいへん、ヤベじいが戻って来たんだ、そう思って何とか起き上がろうとするが、手足が重く、まぶたもなかなか開かない。うっすらと、周りの床に他の子たちが寝ているのが見える。誰も彼も眠ってしまったらしい。
ようやくひじをついて起き上がり、カーテンの隙間から窓の外を覗いてみる。
窓枠に、カラスが一羽止まっていた。
「……」
ことばもなく、ミワはカラスを見守る。
怖いのは相変わらずだったが、夜中にあった出来事がふと、目の前にフラッシュバックして、思わず
「ありがと」
黒い小さな姿に、そう声をかけていた。
カラスはちらりと横目でミワを見てから、大きく羽ばたいて山の方に飛んで行った。




