朝を迎えて 04
ヤベじいは冒険クラブの小学生たちを神社に連れて行ってから、電話で呼び出された話を手短にしてくれた。
「寺まで降りる途中で、西の崖があるだろ?(ミワは知らなかったが、山に詳しいケンイチがうんうん、とうなずいた)、あそこで誰かに待ち伏せされていたんだ。後ろから殴られて、崖から落ちて……」
崖の約十五メートル下には、元々はゆるい傾斜でミカン畑が拡がっていた。しかし、運が良かったと言うべきか、そこは今ではすっかり荒れ果てて、横の竹林が土地を浸食していた。
伸び放題の竹が次々に伸びては重なり合い、重さで折れ曲がり、そこにまた新しい竹がかぶさり、更に蔓草が繁茂し……ヤベじいはそんな薮の中に落下した。
「天然のクッションになってたんだな、ショックでしばらく気を失っていたが、おかげで助かったんだよ」
そう言いながらも、やはりダメージはかなりあったようだ。
携帯電話もどこかに飛ばされてしまったようだ。助けも呼べず、明け方まで体力の回復をはかり、いったん家に帰ろうとしたが、やはり神社まで先に戻ることにした。
神社に行く途中で、サクラヤマの立ち木がふと見え、急に気になって分岐をそのまままっすぐ上がって来たのだそうだ。
置いて来てしまった子どもらが心配だが、みんな降りたんだろうか。そう言うヤベじいの後頭部はべったりと赤く髪が固まっている。
「その子たちだけど……」
スガオが言い淀んだ。「夜中まで、一緒にいたんだけど」
「えっ」
ヤベじいは険しい顔になった。「サクラヤマに? なぜ?」
「誰か大人に案内された、って……」
「それより警察に早く連絡しないと」
ミワが割って入る。「あの子たち、連れて行かれちゃったの」
「連れていかれた?」
「大人が掴まえて、袋に入れたんだ」スガオもまくしたてた。
「教頭先生もいたし、地区の偉い人たちもいた。誘拐みたいに、掴まえて袋に突っ込んで。それでミワちゃんが助けにいって」
「サエちゃんね、お姉ちゃんにたすけてもらったんだ。袋がやぶれて、逃げたんだよ」
そこでようやく、ヤベじいはサエの小さな姿に気づいたようだ。
「サエちゃん、確かお兄ちゃんと……」
「お兄ちゃんはねえ、にげられなかったんだよ」
サエの声にはただ事実を伝える響きしかなかった。
「ケンイチ、みんなを連れて先に山を降りてなさい」
ケンイチが顔をあげる。ヤベじいはいつになく固い口調だった。
「俺はオオタルに寄っていく」
「でも」
ミワは昨夕届いたメールを彼に見せた。「下に降りても、捕まるかも」
『あなたとります サクラヤマノボレ』
「うむ……」
ヤベじいはあごに拳骨を当ててしばらく目を彷徨わせていたが、
「雨が止むまでサクラヤマにいたのだから……帰って大丈夫だ」
そう言って、かすかに口の端で笑ってみせた。しかし目はすでに、オオタルの方に向けていた。
「地元の大人とは会わない方が良いだろう、誰が頼りになるか、ならんかさっぱり判らんが……」
「サエちゃんのおうちには先に連絡入れるけど、とりあえず、ミワちゃんちにみんなでいるよ」
ルリコが勝手にそう言っている。しかし今は、それが一番最良の選択のようだった。
「じいちゃんもすぐに、降りてきてよ。待ってるから」
ミワも同じようにオオタルの方を見やるが、先ほどまで気になっていたナゴはすっかり薄れていた。
ツヨシは姉に手を引かれていたが、サクラヤマを降りるのをしぶっている。今までずっと我慢していたのが、今にも泣きそうだ。
どうしたの、早く降りるよ、姉が邪険に手を引っ張っても、なかなか動こうとしない。
そこでルリコが、そうだ、と思い出してサクラヤマの元まで戻って行ってから、ふと足を止め、またきびすを返して戻ってきた。
「ツヨくんの帽子さ……まだサクラヤマの中だから取りには……」
「ああ」
ミワも気づいてため息をつく。
「ぼうし……ルリちゃんが」ツヨシの目から大粒の涙がこぼれる。
皆の眼がルリコに集中した。
「ぼくのぼうし、スパイダー、マンの、パパが、買って、くれたの、ジョイ、タウンで、すっごく、気に入っ、てたの、でもね……」
ルリコが知らん顔しているので、代わりにミワがえへんと咳払いをして、ツヨシの頭をなでる。
「ルリちゃんがね、お年玉たくさん溜まっているから今度、ツヨくんに帽子を買って返すって、よかったね」
「ほんと?」
「ほんとだよ」
ようやくツヨシの表情が明るくなる。「おんなじのだよ」
「もちろんだよ、ねえルリちゃん」
山を降りながらルリコが、「んなこと言ってないし」とずっとブツブツつぶやいていた。
それでも脇を歩きながら、ミワに何度か手をのばしてくる。ミワはその度に指先に軽く触れてやった。




