朝を迎えて 03
「ケンちゃん……」
「ごめん俺……すっかり眠ってたみたいだ」
ケンイチのシャツとズボンの前面は、べったりと泥で汚れていた。顔は腕が当たっていたのか、あまり汚れてはいなかったが、それでももつれた髪は泥でパックしそこねたように所どころ固まっている。
ひょうひょうとした立ち姿がパントマイム芸人のようにも見える。
「お兄ちゃん」
ルリコが抱きついた。「平気なの? 熱は?」
「えっ、熱?」
ケンイチはやはり泥が固まって白っぽくなった両腕で自分の身体をあちこち叩いてつぶやいている。
「体中が、ガッチガチだ、石になったみたいだけど……熱は」
ルリコが涙を拭いてようやくケンイチから離れる。「うん、ないみたいだよ」
きょうだいの間に割り込むのは気がひけたが、ミワもそっと、ケンイチの額に手を伸ばしてみる。
確かに、ひんやりしている。
おーい、と下の方からやけにのんびりした声が聴こえてきた。
「ルリコー、いるのかぁ」
あっ、ヤベ先生の声だ! そうサエが叫んで、ルリコも桜の間から顔をのぞかせた。
「おじいちゃーん! いるよぉ」
ミワも、他の子どもたちもいっせいに木々の間から顔を出す。
ちょうどカーブの向こうから、ひょっこりと背の高い影がのぞいた。ミワは一目みて、異変に気付いた。いつものヤベじいは、いくら山道でも、もっとはつらつと歩いてくるはずだ。しかし今の歩みはゆっくりで、わずかに右に傾いていた。
いつもかぶっている帽子もなく、ちゃんととかしつけているはずの白髪まじりの頭は、ぼさぼさに乱れていた。そして、灰色のシャツが所どころ赤黒くなっている。
それでも、ヤベじいの表情は明るかった。
「ケンイチもいっしょか? ミワちゃんも? よかった。あれ、スガオに、ミチエ、ツヨシまで……」
さすが村の子どもらの人気者だ、すらすらと名前が出る。
「おじいちゃん、だいじょうぶ?」
ルリコは呼びかけるのももどかしいようで、きびすを返し、サクラヤマの短い階段を飛ぶようにひと息に降り、農道を駈け下っていった。
あっ、ルリちゃん、そう呼びかける間もなかったが、横にいたケンイチがミワを見て、うん、とうなずいた。
「雨が上がったから、もうだいじょうぶだ、俺たちも行こう」




