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朝を迎えて 02

「ねえあれ」

 ルリコもようやく起き上がってきた。寝癖がものすごく、頬にはまだ袖を敷いていた痕が残っていたが、それも全く気にしていないようだ。

 それよりも、少し下の方に見えたものに、気を取られているようにミワを脇に呼んで、そっと、そちらを指さしてみせた。


 ミワも目をやって、ぞくりと身を震わせた。


 確か、オオタルの方向だった。他の山あいと同じように、谷間からナゴが立ちのぼっている。

 しかし、それは何故か赤く染まっているようにみえた。


 スガオが、立ち上がると同時に「ひっ」と息を吸い込んで何かを投げ出した。

 小さな足跡が幾重にも重なる泥の上に、白いゲーム機が放り出されている。

 かすかに軽快な音楽が聴こえてきた。

 ミワたちに怪訝な目を向けられて、スガオは手を振り回して抗弁する。

「落ちてたんだ、一番はしっこの、少し高くなったとこ、アイツらが座ってたとこの、一番奥に」

「あ」

 ミワが連れて来た少女がつぶやくように言った。「サエちゃんのだ」

「サエちゃん?」

「うん」

 少女が目を上げる。「わたしのゲームきだよ」


 確か、そこは風が当たりにくそうだ、と冒険クラブの中で一番小さなその少女が、大きな子たちに

囲まれて座っていた場所だ。

 サエちゃん、自分のことをそう呼んでいたのはミワも気づいていた。まだ二年生と言っていたので本当ならば冒険クラブに入る学年ではないが、リーダーの少年の妹で、家庭的な事情でついて来たらしい。

 ねえゲームやっててもいいでしょう? と兄に訊いていたので、みんなして救助を待っている間、ひとりおとなしく何かゲームをしていたようだ。

 彼らが連れていかれた直後、スガオはおろおろと歩きまわり、偶然そのゲーム機が草の中に落ちていたのを見つけたのだそうだ。濡れると壊れてしまう、と、彼はとっさに拾い上げ、自分の上着のポケットに突っ込んだ。


 朝が来るまですっかり忘れていたのだと言う。しかし、なぜ音が鳴っているのか


「分かんないけど……スリープモードじゃねえ? 確かに開いてみたよ、ついさっき」

 でもそしたらさ。そこまで言ってから、スガオは顔をくしゃくしゃにした。

 さっきまでゲーム機を持っていた手を、何かを追い払おうかとするかのようにずっと振り回している。そして絞り出すように言った。「見てみろよ画面を」

 一番近くにいたルリコが、片手を伸ばして無造作にゲーム機を取り上げた。

 二つ折りになった画面を開いて、ちらりと見てから、もう一度、今度はしっかりと見た。

「これ、アレじゃん? すれ違いナントカ」

 賑やかな音楽が少し、大きくなったようだ。少しばかりボタンを動かしてみて、「すれ違い人数……」つぶやいてからルリコはいっしゅん、画面を凝視して、急に顔色をなくした。手から滑り落ちそうになるゲーム機を今度はミワがすくい取った。

 半開きになったままの機械をしっかり開いてみると、かすかに乾いた泥がついている他、壊れている様子もなく、画面からかすかな音量で楽しげな音楽がずっと鳴り響いている。

 上の画面いっぱいに、二頭身のキャラクターが、こちらを向いて並んでいる。

 一番手前のひとりは、たぶん持ち主本人だ。丸っこい目と髪型、小さな口元がすぐ脇に立っているサエちゃんに似ている、と言えば似ている感じだった。

 しかし、その後ろ一列は、みななぜか、赤く染まっていた。ある者は明らかに頭の左半分が欠け、ある者は目が飛び出し、ある者は口が大きく裂けて全ての歯がむき出しになっていた。

 下の画面を見る。


『合計すれちがい回数 ■■■■■

 広場の■■■ ■■■■■』


 回数と、『広場の』の後の文字が化けてしまっている。

 ミワは顔をしかめて、

「こういう作りになってるのかもよ……お化け屋敷みたいな」

 そう言いながらもいくつかボタンを触ってみた。

 ふいに指が当たって、前から二列目のひとり、女の子らしい髪の長いアバターをズームした。

『まろん』とある。誕生日は四月二日、夢は世界一周、そして一言コメントに、ミワは凍りつく。


「しんだよ」


 しんだ? 死んだということ? ミワはその横の、目玉が飛び出したようなアバターを選ぶ。


『きょうすけ』は誕生日一一月一七日、夢はゴールキーパー、そしてこちらのコメントにも

「しんだよ」

 と、あった。後ろにいた他のアバターにカーソルをずらす。すれ違いの時間はすべて、真夜中の時刻だった。

 彼らの後ろには更に、何列も何列も、赤い人たちが並んでいる。後ろの方に行くに従って、赤は徐々に黒みを帯び、顔立ちや表情、服装すらあいまいになっていく。ただの、黒い影となり、それでもそれは何列も何列も後ろに控えている。

 軽快な音楽の中で。

 いつの間にかボタンからは手が離れていた。しかし、それらの影は次々と吹き出しを使って画面の外にメッセージを送りつけてくる。

どの影もどの影も

「死んだよ」

 と。

 すでに画面を覆っているのは黒い影のみ、それがどこまでも後ろに連なり、音楽は止むことがない……ミワは硬直した手の中で機械を捧げ持ち、どうしても画面から目が離せない。

「ねえサエちゃんの、返してくれる?」

 おずおずと下から手を伸ばすサエにおろおろと目を戻し、また画面を見る。


―― 何なの、何なのこれは、死んだってどういう意味? 


 周りでスガオやルリコが何か言っている、それすら耳に入ってこない、ミワはすっかり画面に、黒い影たちに釘付けになっていた。どうしても、目が離せない、どうしても目が。

 脇から腕が伸び、ゲーム機をひったくった。

「あっ」

 ミワが叫ぶと同時にそれはぱた、とふたが閉じられ、音も止んだ。

「見ちゃだめだ」

 ゲーム機を鷲掴みにして、脇に立っていたのはケンイチだった。

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