雨の一夜 01
戻ったミワは、サクラヤマの少しだけ高くなった場所に小山をみつけ、
「え?」
とつい声を出して立ち止まった。
小山のまん中あたりから、ルリコがぴょこんと起き上がる。
「よかった。誰かに会えた?」
すでにいつものルリコの声音に戻っている。
「うん……」
脇の少女を抱きかかえるようにして、桜の木々の間をくぐる。
「ひとりだけ、連れて来た」
「そう」
「救えなかったの?」でも「恐ろしい」でもなくルリコはさもないように続ける。
「まあ、一人でも多い方がいいかも、こうして惜しくらまんじゅうで、寒さをしのごうか、ってことになってさ」
「わかった」
ルリコが少女を小山の内側に招く。
ケンイチはすっかり、敷物の代わりに底辺に寝かされていた。
「ミワちゃん、外側でだいじょうぶ?」
「大丈夫だよ」
ルリコに重なるようにうつぶせになる。ルリコの右手がそっと、ミワの腕に触れた。
まだ暑い季節だというのに、身体の芯まで冷えていく。
冷たい雨はどんどん体温を奪い、体力を削り取っていく。
レジャーシートはルリコと自分と一枚ずつ持って来ていたが、それを頭からかぶっても全員の上には賄えない。どうしてもっと大きな、ブルーシートみたいなものを持ってこなかったんだろう、とミワはくちびるをかんだ。
それでもできるだけ、一番小さなツヨシと次に小さなサエが濡れにくいよう、その上をそれぞれのシートで覆ってやる。スヌーピーの大きな鼻がツヨシの頭に寄り添うように当たっていた。
ビニールで少しは暖かい空気が保たれているせいか、雨が直接当たるのが少ないせいか少しだけ寒いのに耐えられるようになってきていた。しかし、湿った土と踏みつけた草が絡まり合う匂いが思いのほか強くて、そこに人間の体臭が混じり、ミワは頭がガンガンしてきた。小さな子どもからはスナック菓子を湿らせた匂いと駄目になった牛乳の混じり合った匂いとが胃をかき回し、思春期の子には甘く饐えた香りが沁みついていて、それらすべてがごたごたにかき混ぜられ、恐怖が臭気として表されているかのようだった。
そしてどこかずっと鼻の奥にこびりついている、血と腐肉のにおい。
これは自分たちからではない、この地、足もとの地面からじわじわとにじみ出ているように、ミワには思えてならなかった。
―― ちりーん
金具が鳴る、かすかな、しかし澄んだ音がした気がして、ミワは、はっと我にかえる。
いつの間にか、うとうとしていたようだ。
―― ちりーん
確かに、また鳴った。
すぐ隣にいたルリコも、気づいたように身を起こす。
「何?」
ルリコももうろうとしていたようだ。「何?」また口に出している。
「聴こえたよね」
ミワもゆっくりと上体を起こし、耳を澄ます。
―― ちりーん
―― かーん
どこかで確かに聴いた音だった。
スガオやサエちゃんも気づいたようで、もぞもぞしながらも起き上がる。
―― ちりーん
懐かしい音。ミワには確かに覚えがあった。
しかし……思い出せない。
―― かーん
―― ちりーん
ゆっくりと、しわがれた女声が鈴の音に乗って、歌い出す。
耳元を吹き過ぎる風よりもまだ、かすかだがそれは確かに抑揚をつけてミワのところにまで届いていた。
●●●●そわかぁぁ
●●たまえぇ、●●たまえぇぇ
「これ……」ルリコが夢うつつにつぶやいている。
「おばあちゃんがよく、やってたヤツだ」
ミワも急に思い出した。




