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大人たちとの対決 02

 暗がりの中、サクラヤマの中だけ何となくぼんやりと光っているように見える。

 四角い土台となった地面の周りには、桜の幹に沿って古い縄が張られていて、それが白っぽく緩い弧を描いて木々の間から見えていた。


 この中には、大人は入れない、というか、入りたがらない。


「小さい子から、降りてきなさい」

 雨はそれ以上、頬に当たらなかった。それでもやはり子どもらは不安だったのか、出口に向かって動き出す。


「待って」

 ミワが立ちはだかった。


「どけよ」

 一番背の高い男子が、ミワの前に出た。

 それでも、ミワよりはわずかに背が低い。小学五、六年のグループだと聞いているので、一二歳かそこらだということになるだろう。それでも、なかまを守るつもりなのか、彼はできるだけ身体を大きく見せようと、肩を張っていた。暗がりの中でもその肩が細かく震えているのがみえる。

「迎えが来たんだ、オレたちは降りる」

「だめだよ」

「なんでだよ」

「目玉……団地の知り合いのおばあちゃんが言ってたんだ、サクラヤマに入ったら、雨が止むまで山から降りちゃいけない、って」

「だからなんでだよ」

「……」

 そう言われたから、そしてそれをミワが信じたから、としか言いようがない。

 説得力はまるでないのは、自分でもよく分っていた。


 でも、

 恐ろしい予感はずっと続いているのだ。そして目玉ババアもこう言っていた。

『予感をバカにしなさんな』と。


「お願いだから、降りないでよ」

「雨もくるぞ」

「雨が止んだら、帰れるから」


 大人たちは雨を、恐れているのだ。雨が降って、止んでしまうのを。

 だからあんなに、声を荒げているんだ。


「ねえお願い。雨が降るとは思うけど、その後なら」

「俺たちみんなずぶぬれになるんだぞ、今夜大雨になるって天気予報でも言ってたんだ。カゼでもひいたら誰が責任とるんだよ」

 そうだそうだ、とまばらな賛同の声が後ろから聞こえた。女子の誰かが泣き声になっている。

「何で、暗い中、こんなトコに、いなきゃなんないの、帰りたい」

 何人かがつられて泣き出したようだ。

「お父さんが言ってたけど、秋になるとマムシも出るって」

 何人かが小さく悲鳴をあげる。


 ミワの目が泳ぐ。

 そうだ、ケンイチだって熱があるようだ。こんな場所で冷たい雨に打たれたら、どうなるだろう……


「あのオトナについてったら、死ぬよ」

 ルリコの静かな物言いに、すすり泣きがいっしゅん止まった。


 降りて来いや! すでに怒りを隠そうともしない大人たちの声はすぐ足もとにまで迫っている。しかし、やはり彼らのいる場まで上がってくる者は皆無だった。


「この場は、呪われてるんだよ、だからオトナはここに入らない」

「呪われてる? だったらよけい、すぐ出た方がいいじゃんか」

ミワに対峙した少年が吐き捨てるように言う。

「どけよ」

 止めようと手を出したミワを、少年は思い切り突き飛ばした。ミワはたまらずひっくり返り、うつぶせに倒れたままのケンイチの背中にぶつかった。いっしゅん息を吐くように彼はうめき声をあげ、また静かになる。

「今行きます!」

 少年は下に向かって大きな声で叫んだ。

 そして、しゃくりあげていた女子の肩に手をかけて優しく「行こう」と呼びかけた。

 女子は片手で目をぬぐって歩を進めた。少年は彼女が桜のとりわけ大きな木の間をくぐるのを脇について、懐中電灯の明かりを下に向けて注意深く見守ってやっていた。その後も次々と仲間が通るのを照らしてやってから、自分も足場に気をつけて、数メートルの斜面を降りて行く。


 下の車道に着くと、彼はサクラヤマから黙って見送っているミワたちを見上げた。

「オマエらは、行かないんだな?」


 誰も何も、答えない。残ったのは元白鳥の小中学生と、ミワとケンイチのみとなった。


「何人いる?」

 下の少し遠いところから誰かが問いかけた。

 少年はすぐさま「全部で八人です、畑山小の冒険クラブです」

「今どこにいる」

「車道に出ました」

 ばらばらと駆け寄ってくる足音が、合流したようだ。「八人か、八人いるんだな」

「はあ……まだ」

 言いかけた少年はのどを鳴らし悲鳴を上げた。次々と子どもたちは悲鳴を上げたり叫ぼうとしたり、しかしその声はすぐに途切れたり、急にこもってしまった。


「アイツら」

 桜の間から身を乗り出すように見ていたスガオが声を押し殺して叫ぶ。

「ひとりずつ、でかい袋に、入れられた」

 早くしないと雨がくるぞ、急げ、と大人たちが口々にどなっている。急発進する車が雄たけびのようにギアを鳴らす。スガオが泣きそうな顔で振り返った。

「連れてかれるぞ、どうしよう」

 ミワはようやく立ち上がり、ルリコの顔をみた。

 ルリコはケンイチの背に手を置いたまま、目を上げてミワをみる。

「出ちゃだめ、ぜったい出ないで」


 そのことばを合図に、さあっと細かい雨が木々の間から落ちてきた。


 ミワは、大きく息を吸った。

「ルリちゃん、アタシ行って来るから」

 ルリコの目が暗がりでも大きくなったのが分かった。

「なんで、だめだよ」

 急に子どもらしい言い方になる。ルリコも不安で一杯なのだろう。それでも、ミワは声をつよくして言った。

「あの子たち、助けたい。だって他所の子たちなのに……」

「今出たらダメ」ルリコの声はすっかり湿っている。「ミワちゃんだって」

「それでも」ミワは言いながら木々の脇から農道に駈けおりた。

「ルリちゃん、残った人たちを絶対、外に出さないで、ルリちゃんが頼りなんだからね……出ないでよ、アタシが迎えに来るまで!」

 背後からルリコたちが叫んでいるのが分かったが、ミワは後もふり返らず農道を駈け下った。

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