サクラヤマのぼれ 03
どんどんと暗くなっていく夜の、しかも上りのきつい山道ということで、危なっかしいことこの上ない。
それでも、ペンライトやスマホ、百円ショップの簡易ライトなどでけんめいに前を照らしながら、ミワたちは前のめりに先を急ぐ。
がさりと薮が鳴る度に、誰かが追いかけてきたのではないか、とびくりと身をすくめてはまた歩を進める。
ミカン畑の中をジグザグに上っていって、境に残された雑木の帯を越えると、おぼろにもやを纏った満月のもとにコンクリートの車道と、太い幹とよく茂った枝がもつれたようになった塊がぼおっと浮かび上がっている。
車道を五〇メートルほど上がれば、もうサクラヤマだ。車や、人の影が上って来ている様子はまったくない。
「はやく、走って」
ミワはふり返りながら叫ぶ。「桜の下に!」
彼らは必死にそこまで駆けて行った。
小さなツヨシも腕をぶんぶん振ってけんめいに走っている。
ケンイチは特に、大儀そうだった。熱がまたぶり返したのだろうか、足をもつれさせるように坂を駈けあがっていたが、山道に細い丸木を嵌めこんだ急な数段を手をつくようにして駆け上ると、太い幹の桜が二本並ぶところだけ、縄が張っておらず入口のようになっている間をくぐったとたん、そのまま前のめりに倒れ伏した。
「ケンちゃん!」
ミワが呼びながら腕を引っ張る。手が熱い。
「サクラヤマに入ったよ、もう大丈夫だから。ねえ、起きてよ」
「ミワちゃん」
脇にいたルリコが、そっとミワの袖をひっぱる。
「あの子たちさ」
ミワは思わずケンイチの腕を取り落とした。
スガオもミチエも、小さなツヨシも広場の奥に注視している。
奥まったあたりから、ぴょこんと数人が立ちあがったのだ。どれも、子どもだった。
「だ、だれ?」
先頭にいたのは、ミワより少し背の小さい少年だった。
まだ声が替わりきっていない。
「アンタたちこそ、だれだよ? アンタたちもヤベ先生の知り合いか?」
「ヤベ先生?」
「神社で、ヤベ先生がどっか行っちゃって」
少年は急に不安げな声になる。
引率役のヤベじいに、電話が来たのだそうだ。
電話の後、ヤベじいは子どもらに、お寺に急用ができたのでちょっと降りてくる、すぐに戻るから、と言い残し、まっすぐに近道の急坂を降りていったのだそうだ。
しびれを切らして待つ子どもらの所に、今度は別の男性が現れた。
ヤベ先生は戻ってこられなくなったのと、近くでイノシシが出たと言うので今から安全な所を通って帰ります。決してはぐれないように、ついて来てください、そう言うと、彼はクラブの子どもらを率いて、細い山道伝いにこのサクラヤマまで連れてきた。
男はサクラヤマの上り口まで彼らを引率すると、一人ずつ広場まで上るのをじっと見守って、みなが中に入り切ったところで下からこう声をかけた。
ここからは車が迎えに来るので、動かずに待っていてください、なに、このサクラヤマの中だったらイノシシは来ないから、だいじょうぶ。すぐに来るから。
小学生たちは土地勘もなく、大人が言った通りそこで待つしかなかった。
イノシシは怖いし、その広場はぽっかりと日当たりもよく、その割に涼しくて、下の景色も垣間見ることができて、たいそう心地よかった。
数人が家族に連絡を取ろうと携帯を出した、が、神社と違い、そこは圏外だった。
八人はおやつを分けあったり、ゲームをしたりして迎えが来るのを待っていたのだった。
しかし、暗くなっても誰も来なかった……
「ヤベ先生、って白髪のおじいさんの、案内の人だよね?」
「そうだよ」
ミワはルリコに目をやる。ルリコが首を横に振って言った。
「じいちゃんは家には帰ってなかった、冒険クラブの後、そのまま出かけたんだと思ってたから」
年かさらしい少女が目を丸くして出てきた。
「ヤベ先生の孫なんだ?」
「そうだよ」
彼らは顔を見合わせてちょっと安心したように笑みをみせた。
「じゃあ、地元の人なんだよね。ここから帰る道も分かる?」
今度はルリコがミワを見た。今度はミワが答える。
「帰り道は、ただ車道を降りて行けば大丈夫だけど、今は降りられないんだ」
えっ、どうして? と子どもらが気色ばんだ。
正直に言えば、彼らはパニックになるだろう。しかしそこにルリコがさらりと答える。
「ウチら、下で殺されそうになって、ここしか逃げる所がなくて上がってきたんだ。アンタたちも、いったんここに入ったら、しばらくは出られないからね」
「誰が、コロスって?」
うん、だれだろう? ルリコはとぼけたようにそう、空を見た。




