サクラヤマのぼれ 01
長いと思っていた夏休みも、やはり終わりがあった。
団地に帰ってきて、掃除や学校の支度に数日費やし、さていよいよ明後日から新学期だ。
夏休み最後が土曜と日曜、というのも何か郷愁を誘うものだ。
ミワは窓の外に広がる大山の景色を眺め、ひとり溜息をついた。
日が傾きかける頃だった。
まだ夏の気配は消え去っていないものの、北の空は黒くて厚い雲に覆われてどこかひんやりと湿った風が窓から吹きこんでくる。
せめて夕飯はちゃんとしたものを作ろうか、それよりも明日の持ち物をもう一度確認した方がいいか、天気が悪くなりそうなので洗濯の予約をどうしよう、雨合羽すぐ使えるかな……小さな家の中であちこち飛び回っていて、ミワは最初、そのメールに気づかなかった。
ダイニングテーブルの上、充電しっ放しになっていたスマホの脇を通った時、小さく着信音が鳴った。
ミワは何気なくタップして、顔をしかめる。気づいたら十三件も着信が溜まっていた。
家族や友だちならばたいていラインをよこすのに、十三件すべて通常の携帯メールだ。
バイト先から緊急連絡でもあったのか、と受信フォルダを見ると、宛て先はまったく知らないアドレスだった。
しかも、十三件全て同じ宛て先からだ。
驚いたことに、最初の着信は三十分ほど前だ。ほとんど間を開けず、次々とメールが来ていたことになる。
電話帳に登録していなければすべて宛て先不明フォルダに入るはずなのに、なにくわぬ顔で受信フォルダに収まっている。
どういう仕組みでこんなことになるんだろう、ミワは何気なく最新のものを開いてみた。
文字が目に入ったとたん、目の前が真っ暗になった。
『あなたとります サクラヤマノボレ』
以前、祖父に聞いた話がまざまざと蘇ってくる。
―― 白鳥村じゃ、何かことがある度にな、サクラヤマに上れと言われてるんだ……知ってるかい? サクラヤマに入ると不浄の身となる――
目玉ババアも笑ってはいたが、こう歌ってみせたのだ。
「オオゴトあらば、サクラヤマのぼれ
……雨が止むまで、出ちゃならん」
どうしよう、どうしよう、ミワはスマホを抱えて部屋の中を見回す。
誰かに相談した方がいいだろうか?
目玉ババア? いや、すでに警告は受けているのだ。
このことだって、知っているから、あんな歌を歌ってみせたのだろう。
もしかしたら、彼女の仕業なのかもしれない。
この地区を逃げだせばいいんだろうか? でも、ヨシノだって地区の外で死んだのだ。
呪いからは逃げられない、直観的にそう信じてしまった。
自分自身がかつてケンイチに言った「ここからは逃げられない」のことばが今まさにブーメランとなって舞い戻り、つき刺さっている感じだ。
トモエは海外出張から帰ったばかりだから、多分、しばらくは家にいるだろう。しかし今から来て、と言っても間に合わないかもしれない。
だったら……
急にスマホが鳴り出して、ミワは思わず叫んで飛び上がった。
ずっと鳴っているのでおそるおそる画面を見る。
ケンイチの妹の、ルリコから電話だ。
あのルリコがわざわざ電話をよこしたというのが気になって、通話ボタンをタップする。
あのね、といきなりルリコが用件を切り出した
「ミワちゃんとこに、変なメール行かなかった?」
えっ、としばし絶句する。あれはルリコのいたずらだったのだろうか?
しかしルリコは淡々と続けた。
「さっき、ウチのメールにサクラヤマにのぼれ、って来たんだけど。おニイのとこにも」
「ケンちゃんとこにも?」
「そ。おニイ、カゼらしくて昼から熱出てきて寝てるけど」
「寝てる?」
「電話ほっ放ってあったから、ウチがみたらやっぱりおんなじメールが」
「ケンちゃんには言ったの?」
「言ったよ、でも、ぼおっとしてただけ」
「おじいちゃんには話したの」
「まだ帰ってこない、探す暇はなさそう」
ミワはごくりとつばを飲んでから告げた。
「私のとこにも来たんだ、メール」
今からそっちに行っていい? といつもよりやや早口でルリコは言ってから、ミワの返事も待たずにすぐ電話を切った。
ミワは辺りを見渡して、そうだ、何時になるか分からないから用意をしないと、でも何の用意を? と右往左往していたが、とりあえずデイバックをひとつ用意してから、家の中から使えそうな懐中電灯やペンライトを集めてきた。
それに雨合羽。空はすでに黒っぽい雲に覆われてきているようだ。
部屋の灯りをつけて、更にスナック菓子や非常食をいくらか玄関先のリュックから引っ張り出した。
十分も経った頃、ようやく自転車のスタンドの音が外から響いてきた。
何だか、思ったより話声が多い。
ミワが玄関ドアの穴からのぞくと、背の高いケンイチの周りに、なぜかもう四人ほど、小さな影があった。
ルリコがドアチャイムに手をかけようとしたタイミングで、
「開いてるよ」
とドアを引きあけると、ルリコはいつになく驚いたような目でまじまじとミワを見つめた。
「入って」
そんな子どもらしい表情にちょっぴり優越感を覚えつつも、彼らを招き入れようとするが、ルリコは
「時間がないかも」
そこを動かず、後ろの子どもたちを見やった。




