駅前での夏 01
夏はどこまでも暑くまぶしい。
特に夏休みともなれば、世界の眩しさはさらに増している気がする。
ミワは学校帰り、青沢駅の前でふと立ち止まり、空をみる。
また夕立でも来るのだろうか、北の方、元白鳥のある方にはまっ白い積乱雲がもくもくと立ち上がってきていた。
「よぉ」
かけられた声にふり返ると、ケンイチが立っていた。
白い半袖の開襟シャツは制服なのだろうか。パンツも黒い制服らしいものだったが、黒いバンドで背負った黒いギターケースと妙にマッチして、颯爽としたスタイルにみえた。
それに……髪がものすごいことになっていた。
「ケンちゃん、金髪にしたんだ?」
「休み中にライブやることになって。ガッコウじゃ黒く戻してんだけどさぁ」
「そのギター」
「トマトの先輩から安く譲ってもらった、こないだのヤツだよ」
こないだ、のことばに急に菅田吉乃のことを思い出してミワはつい口元をゆがめそうになるが、ケンイチも気づいたようで急いで話題を変えた。
「おまえさ、近ごろ、実家に帰ってたの?」
「え、なんで?」
「あっちであんまり見かけなかったからさぁ」
ケンイチは、あっち、と元白鳥の方角を漠然と指差した。
ミワもふと目をやって、さっきの積乱雲が更に成長していたのをちらりと目にした。
「実家には二日ほど行ってたけど、あとはこの辺でバイトしてたんだ、夏休みだけなんだけど。それに部活もちょっとだけあったし」
「部活って?」
「園芸部」
実際、あってなきがごとき活動内容だったが、少しは気が紛れていた。
「団地にもちょこっとは帰ったけど、だいたいトモ……おばさんちに泊まってた」
「へえ、そうなんだ?」
「おばさん留守がちだったしね。それに……」
トモエのアパートにいる時にはなぜかあまり、『気配』を感じずに済んでいた。
お守りのおかげなのだろうか?
どちらにしても、ケンイチにあまり心配をかけたくはない。
「……こっちの方が学校に近いから、部活にもバイトにも便利だからね」
気にしてくれたんだ? といじわるそうに尋ねると、何だかあたふたして
「いやっ、ルリコがさ」
手を振り回している。
ばさっとした前髪で目が隠れ、とがった口元しか見えない。
「ルリコの連れがあの少し奥に住んでるから、時々通って見てたみたいだけどね」
「あっそう」
それでも、とっつきにくいとばかり思っていたルリコも、気にはしてくれていたようだ。
ミワはなんとなく可笑しくなってくすっと笑う。
「ところで、バイト、学校的に問題ないの?」
ケンイチは保護者じみたことを訊く。
それにもミワは笑って答えた。
「星城は、アルバイトOKなんだよ、むしろ、おおいに推奨、ってカンジ?」
「えっ、星城って公立だよな?」
「だよ。でも定時制だからね」
「何のバイト?」
「ブックランド駅前店」
「時給は」
ケンイチ、今度はインタビュアーみたいになっている。
「九〇〇円、日中はね。夕方から夜中は一〇〇〇円くれるらしいよ」
「ちっしょー、オレもそこにすればよかった~」
今行ってるコンビニがクッソでさー、とひとりで怒っている。
「先輩の紹介だけど、訊いてあげようか」
一緒に働けるというのも楽しそうだ。だが、
「いや、」
とケンイチは急に真顔になる。
「うちの学校、実はバイト禁止なんだ」
ミワはつい大声で突っ込んだ。
「じゃあなんでコンビニで働いてんの!」
「コンビニもド田舎だから、ばれないしさぁ。駅前だとすぐ、バレるだろ」
まあ、また暇ができたら団地に来いよ、ルリコがUNOのメンツに飢えてんだから、そう言い残し、ケンイチは、しまった遅刻してらあ、と韋駄天のごとく走って駅へと吸い込まれていった。
暇ができたら団地に来い、とはよく言ったものだ。
ミワはまだくすくす笑いが止まらず、トモエのアパートへ向かう。
ケンイチがおおざっぱに手を振った方角……北の方にまた目をやった。
白かった雲の固まりの底が、いつの間にかどす黒く染まっていた。




