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お祭りとヤキソバ 03

 ごくり、とつばを飲んでミワはもう一歩踏み込んだ。

「あれは、アナタの仕業なんですか?」

 目玉ババアは笑うような口元のまま、ミワの顔を見ている。ミワは再度尋ねる。

「菅田さんを飛び降りるように仕向けたのは、あの」

「ちがう、と言ったら?」

 目玉ババアの声は静かだ。ミワの方が動揺している。

「でも……あの時病院にカラスがいて」

「カラスなんて、どこにもいるさね」

「でもあれカーコじゃなかったんですか?」

 目玉ババアはふいにいつもの口調に戻る。

「アンタ、カラスの区別なんてつくのかい?」

 ヤベじいも言っていた。カーコは遠くには飛べないのだと。

 しかし仲間がいるかも知れないではないか。そう訊ねようとした時、急に目玉ババアが言った。

「あの子はツクネられちまったんだ、ちゃんと教え通りにしなかったからね」

「えっ、ツクネ?」急に、先日訪れた時のことを思い出した。

 このばあさんは、ツクネを作っていたんだった。菅田が教え通りにしなかった、というのは……

「アナタが何か教えて、その通りにしなかったから、殺した、ってコト?」

 やれやれ、と小さくつぶやいて目玉ババアは肩をすくめた。

「あの人、自分で自分を刺して、飛び降りたんだと思うけど、でも誰かがそうしろって言ったんだったら、それはそれでサツジンなんじゃ、ないんですか?」

「アンタね」

プラパックや割り箸をまとめて流しに下げようとしていた目玉ババアが、おもむろにふり向いた。

「アタシは子どもにはそんな酷いことはせん。逆に守ってやっているのさ」

 では、菅田については「間に合わなかった」?

 表情がけわしくなっているだろうミワに、少しばかり目を細め、ふっと口元を緩める。

「いいこと教えてやろう」

 ミワは黙って続きを待つ。

「アンタはヨソモンだから、聞いたことないかも知れんしね」

 目玉ババアは、シンクの前に立って、脇の踏み台をまん中に出した。今朝からの茶碗やら湯のみがひとしきり、洗いおけに残っている。それをやせて黒ずんだスポンジでこすりながら、低い声で歌い出した。キゲンよく歌っているし、合い間に笑っている。

歌、というよりはやし言葉にも聴こえた。


―― オオゴトあらば、サクラヤマのぼれ

   なんもかんも棄てて サクラヤマのぼれ

   オオゴトすむまで、サクラヤマのぼれ

   雨が止むまで、出ちゃならん


 茶碗のたぐいをすべてのんびりと洗うあいだ、目玉ババアはくり返しそれを歌っていた。

 ようやく最後の湯のみをすずいで脇のザルにあげて、目玉ババアはふり向き、にかっと笑った。

「はい、これがヤキソバの御礼だよ」

 その言葉が終わりの合図なのだろう、とミワは立ち上がり、もごもごと口の中で「ごちそうさまでした。じゃあ」つぶやいて外に出た。

 菅田吉乃の死については、目玉ババアが関与していない、ということでいいのだろうか?

 もやもやしたまま、ミワは外に出る。


 サクラヤマの歌をいきなり歌い出したのは、何だったんだろう?

 サクラヤマの近くに、トモエと春先に行ったばかりだし。

 確かに、似たようなことを昔むかし、祖父から聞いたことがある。

 鬼ごっこみたいな遊びも、シゲ兄たちと何度かやった気もする。しかし、遊びが何か、関係するのか?

 菅田吉乃への『教え』と何か関係が?

 それにしても、これだけは確かだ……

「ごちそうさま」では、ないよな……だってすべてモチコミだったし。 




 祖父の話は、こんなふうだった。


―― 白鳥村じゃ、何かことがある度にな、サクラヤマに上れと言われてるんだ。あそこは、不浄で不吉な場所だと言われるが、逆に不浄を清めるための場でもあったのさ。

 たいがい、水に関したことが多いが、例えば大雨が降って土砂崩れがある、という時でさえ、村の連中は着の身着のままで、必死であそこに上った。まだ車道なんてものもなかった、だからみんなそれこそはいつくばるようにしてあそこまで上ったんだとさ。

 知ってるかい? サクラヤマに入ると不浄の身となる。

 だけどあん中で、雨に降られて止むまで我慢して待ってると、身が清められてもう禍に遭わないんだってさ。

 だから大水から逃げた連中は、雨が降り止むまで三日三晩、震えながら念仏を唱えていたんだそうだ。

 帰ったら村中、流されてきた土砂やら岩やら、根こそぎ倒された大木やら……息のある者はほとんど、おらなんだらしい。

 他にも珍しいのは、火事が出る前に西通の神楽の連中が見知らぬ行商の女から文を渡された、というのもあった。

 それには、『あんたとります、サクラヤマノボレ』としか書いてなかった。しかし、言い伝えを間に受けた神楽の連中はあわててサクラヤマまで上って、一夜を明かしたんだと。

 日が出て、もう降りようか、何もなかったようだし、と外に出たが、誰かが『まだ雨が降ってない』と言いだして、そこに残ると言った。笑って降りてったモンが十人ほど、残ったモンが五人ほど。

その晩、神楽の組は寄り合いがあった、だから多くの連中が降りてったらしいね。庚申さんだから、 夜通しの酒盛りさ、当時は。

で、寝たばこから火が出て、全員焼け死んだんだ。火が一番大きかった頃、雨が降って直ぐ止んだ、それで残った連中も慌てて山から降りていったんだとさ。



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