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お祭りとヤキソバ  01

 もう二度とのほほんとした時は戻ってこない、そう感じながらも時間はずんずんと過ぎて行く。


 実際に学校が始まり、そちら中心の生活が始まってみると、とにかく忙しいばかりでミワは目の前の諸問題を片付けるのにせいいっぱいだった。

 学校は自由な校風で髪型もピアスすらも自由な私服通学ということもあったが、同じクラスになった子から

「面白いネックレスしてるね」

 と、お守りを指さされて初めて、そんな恰好でもあまり違和感ないというのに改めて気づく次第だった。


 地元で参加したのは、居住地のゴミ拾いが一度きり、後はトモエが何とか手配してくれていて、季節はいつの間にか梅雨を通り越し、夏を迎えようとしていた。

 ケンイチともたまにラインをやりとりするくらいだった。


 ようやく、住居周辺から学校中心のサイクルに慣れてきた頃。

 お祭りに行かない? と意外にもルリコが訪ねてきた。

 体操着に中学指定のトレパン姿で。


 相変わらず、連れなのか友だちなのか男女数人連れている。

 多分その四人くらいの子たちは、ミワの家の近くではなく、坂の下の方で自転車にまたがったままルリコを待っているようだ。

 まだ朝の九時前だと言うのに。

「え、お祭り」

 しかも初夏という半端な時季に何のお祭りがあるのだろう? そう聞くとルリコは

「地元企業とのタイアップ祭り」

 と訳のわからないことをひとこと言ったきりだった。

 ええ、でも高校生にもなってお祭りというのも何だかな……とは思ったが

「お兄がヤキソバやらされてて、手伝いがほしいって」

 そっけなくつけ足して、「矢部ちゃーん、行くよー」の声に呼ばれて

「先行っててよ、ちょっと寄るとこある」

 と言いながらもすでにミワには背中を向けている。

 あわてて財布をつかみ、ルリコの後について自転車を走らせる。


 会場は、団地のあたりから県道をわずかに上った道沿い、東取の産直販売施設だった。

 背後に白鳥川が流れ、春は桜、秋は彼岸花の群生でもちょっとした名所となっている。

 平屋の建物内は、会議室スペース、物販スペースと二つほどのテーブル席、事務室、奥にパンや総菜を作る調理場とが配置されている。周りには駐車スペース、広場、貸農園などが拡がっている。

 今日は周りの駐車スペースや空き地は、たくさんのテントが並んでいた。

 意外なほど、混んでいた。駐車場も塞がっているというのに、施設の裏手と土手との間に、すでにぎっしりと車が停められている。自転車も多いし、近所から歩いてきたらしい連中も多い。特に、子どもが多い。

 人混みをかき分け、奥の方にあるヤキソバコーナーに行ってみると、

「おー、助かった」

 手の甲で汗をふいていたケンイチが、うれしげにヘラを振り上げた。

「まず中で手を洗ってきて、そんで受付の黄色いシャツの誰かに言って三角巾借りてきて」

 じゃあね、とルリコが去ろうとするのをミワはあわてて引き留めた。

「えっ、ちょっとルリちゃんは」

「ウチ、だからこれから部活」

 ミワは体のよいお手伝いさんというわけだろうか。まあ、他にやることもないし、ケンイチと一緒にいられるのも悪くはない。ミワは急いで受付まで行って支度を済ませ、ケンイチの元に戻る。

「パックに詰めてって、見本はそこのやつ。箸もつけて輪ゴムで止めといて」

「なんでヤキソバ焼いてんの」

「じいさんの代わり」

 両手のヘラを動かしながら、あごで左の方をしゃくってみせた。

 ヤベじいは数人の小学生軍団を相手に、射的のテント脇に立ってはああでもないこうでもない、と撃ち方指南に余念がなかった。

「ケンちゃん、何刻んでんの?」

「ザーサイ」

「それ、どうすんの」

「ヤキソバの具だって」

「えー、そんなモノ入れるの? じゃあそこのポテチは」

「これも入れんの、ほらほらそっちの裂けるチーズどんどん裂いて」

「ちょっと何でこんなおかしなヤキソバにしてんの」

「冒険心溢れる、って言ってよ。でもキャベツはちゃんと入れてるから安心しろよ」

「だったら、よっちゃんイカもいいんじゃない?」

 皮肉のつもりで言うと、ケンイチはぱっと顔を上げて

「いいねそれ。次回の祭りに試してみよう」

 真顔でそう返してきたので、ひとことがつんと突っ込んでやろうと身構えたとたん、テント前に影が射した。

「あれ、研一くんか」

「あ、いらっしゃい」

 ミワもその声で前を向き直る、そこに立っていたのは大柄な中年男性だった。

 半白髪がふわりとして、丸眼鏡の奥で細めている目も、着ているこげ茶のジャケットもどこかやんわりとした印象だ。声も穏やかだ。

 ミワが「あ……いらっしゃいませ」と丁寧に頭を下げると男性は

「おや」しげしげと彼女の顔を見てから、ケンイチを物問いたげに見た。

「団地に、春先に引っ越してきた、柏田ミワさん」

 ケンイチが代わりにそう答えて、次にミワに向かって説明する。

「元白鳥小の、シノっち……篠原教頭。オレらが小学生の五、六年で担任だったんだけど、また、教頭になって舞い戻ってきたんだよ」

 ホントこの学校好きなんだよねー、子どもらもかわいいし。と篠原教頭はうれしげにそう言ってからミワをまじまじと見て

「カシワダ、というともしかして和美ちゃんと親戚?」

 と急に訊くので、はい、イトコですと答えると

「和美ちゃん担任だったんだよー。そう言われれば目元が似てるかも」

と、細い目を更に細めて笑う。ひとりひとりよく覚えているものだ。

 その後、ケンイチ作の独創的なヤキソバをなんと六パックも買っていった。

「ね、イイヤツだろ?」

 得意げにヘラで教頭の後姿を指すケンイチを、ミワはやや醒めた目で

「いいきょーとー、せんせーみたいですね」

 と答えて、またチーズを裂く作業に戻った。


 それからも、次々とお客がやってきて、無駄口をきいている暇もなくなってしまった。

 地区のお偉い方がたは必ず何か買わねばならないのか、以前一度だけ会った自治会長の桑原、ツクネジマ町内会長の梅宮、他の役員らしき数人も次々とヤキソバを買って帰っていった。桑原自治会長なんぞは、すでに両手でも抱えきれないほどの膨らみ切ったプラ袋を下げていて、ヤキソバの袋もきっちり縛るよう頼んで、輪っかにしたところをようやく小指に通して、大柄な体躯に似合わずちょこまかと小走りに去っていった。

 隣の家の富田林でさえ

「おや、頑張ってますねえ」

 相変わらずねちっこい口調で、それでも一つ、買っていってくれた。


 ねえ、一回味見してから買った方がいいと思いますよ。

 ミワは何度、買ってくれたお客にそう言いたくなったことか。

 それでも結局午後遅くまでヤキソバ作りに付き合わされた。

 報酬は自分で作ったヤキソバ二食分とペットボトル飲料が三本だった。


 すでに日が傾きかけた頃、疲れ過ぎて地面にそのまま寝ている子どもやら飲み過ぎのおっさんやらをまたぎ越し、ミワはよろめきながら家に帰っていった。


 まだヤキソバの煙が二の腕あたりから匂う。五〇〇食の余は、完売だった。


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