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噂と真実 02

 ケンイチが聞いた話では、菅田は元々、家出をするつもりで荷物をまとめてあった。

 学校の部活が終わって、荷物をいったん取りに家に戻り、また家を出て、多分団地の入口あたりで待ち合せをしたらしい。家族には、帰るつもりはない、とメールが来ていたそうだ。

 発見されて入院してから、警察が何度も来て事情を尋ねたようだが、菅田はほとんど口をきくことはなかった。

 携帯含め、荷物は全く発見されず、つきあっていた相手がどこの誰かも全然手がかりがつかめず、左目を失ったのも失踪してすぐだったようで、予後は良好だったそうだし、それ以外には大きな外傷もなかったため、一通り治療と検査とが済んで落ちついたら一時退院するべく、手配中の出来事だったのだそうだ。

 病院で逮捕された男は、素直に彼女を刺した罪を認めているという。

 彼女を言葉巧みに誘い出し、拉致監禁していた疑いもあり、警察は更に男を追及する方針なのだそうだ。


「何だか、自分が一番信じられない気分だ……」

 ミワは思わずぽろりとそうこばした。

「ついこないだ、見たばかりのことなのに、何だか、悪夢みたいな、というか、ほんとにあったことなのかな」


 ことばにすると、どんどんと自信がなくなっていく。

 乾いた砂で城を築いているようだ。形にしようとすればするほど、やっている意味すら見えなくなってきそうだ。


 ケンイチが、えへん、と咳払いして言った。

「俺は信じるよ、ミワの話」

 ミワが顔を上げると、ケンイチはまじめな顔でミワをまっすぐ見ていた。

「え、なんで」

 予想していなかった返事だったようだ、ケンイチは急にうろたえた。

「え、だ、だってさ、昨日から何回か聞いてたけど、つじつま合ってるし、それに、じいさんも」

 あ、とミワは急に気づいて真っ赤になる。

「あ、そういうことじゃなくて……あの」

 ありがと、とミワは地面に向かって小さな声で言った。ケンイチの返事はもっと小さくて、ほとんど聴き取れなかった。

 

 ヤベじいは急用が入ってしまい、結局その日はミワの家に寄れないとのことだった。

 ミワは、東京に帰ってからもずっと付きまとうような気配を感じていたことをケンイチに話してみた。

「何だそれ」ケンイチは眉根にしわをよせる。

「気のせいとかじゃ、なくて?」

「自慢じゃないけど、案外、心霊現象とか鈍い方なんだけどね……どうもなんか」

「どうもなんか?」

「アタシたちさ……何となくだけど」

 ミワの目は何とはなしに大山の姿をとらえていた。

「ここからは決して、逃げられないんじゃないか、って気がする」

「それはさぁ」

 ケンイチはあっさりと答えた。

「ずっと前からオレもそう思ってたけどね」


 しかし、ケンイチが「これじいさんから」と手渡したものを見て、ミワは思わず笑い出した。

 スーパーで売っていたらしきあんまん四個入りの袋に、近くのお寺のものらしい守り札がくくりつけてあった。

 ずっと昔、ヤベじいから「ミワちゃん何が一番好きだ?」と尋ねられた時に

「あんまん!」と力強く答えて大笑いされた。

 それを今でも覚えてくれていたのだろう。

「なんか、だいじょうぶな気がする」

 ミワはお守りに長いチェーンを通し、ネックレスの代わりに首にかけた。


 菅田吉乃の葬儀は行われなかったそうだ。家族葬すら、あったのかどうかミワには伝わってこなかった。

 菅田家は彼女が行方不明になってからずっと自宅を留守にしていたので、吉乃の両親がどこで何をしているか、団地の同じ組の連中ですら、全く預かり知らぬところとなっていた。

 逮捕されたという男の噂すら、全然耳に入ってこなかった。

 

 しばらく静かな日が続いた。

 待ちに待った連絡がきて、ようやく自転車も元通りになった。

 学校説明会にはトモエが同席して、その後の備品購入も何くれとなく世話してくれた。

 学校が始まらないと選択する授業のめどもつかない。授業が決まらなければ教科書などの購入もできない。とりあえず、何を選択しても困らないように、城南時代に買った教科書を久々に開いて、自主学習で日を暮らした。

 

 菅田吉乃の件も、自分が実際に見聞きしたものよりも、ケンイチから聞いた話の方が、なぜか真実なのでは、と思い始めていた。

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