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東京の家に

 駅までの道中は、あまり会話も弾まなかった。

 助手席に乗ったミワに、ヤベじいはなるべく今日の出来事に関係ない話題を振ってくれているようだった。

 後ろの席が妙に静かなのでふり向いてみると、ケンイチは仰向けになって熟睡していた。

「まったく、寝る子は育つと言うが……コイツはだから背ばっかり伸びるんだ」

 ヤベじいが毒づき、ミワはふふ、と小さく笑う。


 研一に駅構内まで付き添わせる、と言うのを

「大丈夫です、切符買うのは判るし」

 そう言ってから、ミワは

「あの……」

 咳払いしてから切り出した。

「私のために、メ、えと、あのおばあさんのウチにまで行ってもらって……ありがとうございます」

「ああ」

 前を見据えて、ヤベじいが答えた。

「まあね、また何かあったら言ってくれればいいさ」

「あの、ヤベじいはあのおばあさんのコト、平気なんですか?」

「目玉ババア?」

 ヤベじいは言ってからははは、と笑って頭をかいた。

「ババアには、どうにも見えないしね」

 ミワはそのことばにぎくりとする、確かに、あの家にいた目玉『ババア』はどう見ても幼女だった。だが、ヤベじいはこう続ける。

「まあそれだけ、こっちもジジイになった、ってことだろうなぁ」

  そんなことないですよ、とミワは口の中でもごもごと反論した。


 そう言えば、と急にヤベじいが口調を変えた。

「ヒロちゃん……ヒロシゲさんは元気なのかな」

「あ」


 そう言われれば、こちらに来ることになってから今まで一度も、祖父のいるスミレ台特別養護老人ホームには訪ねていったことがなかった。


「スミレ台には、行ってないです」

「そうか……」


 正式に引越しが決まった時に、トモエに頼んで祖父の所を訪ねようとしたことがあった。

 しかしトモエは、

「もうね、誰がだれなのかさっぱり判ってないしね、それに、シン兄たちにも良い顔されないしね……」

 そうことばを濁して、それきりになっていた。


「俺も少し前にね、こっそり訪ねていったことがあったけど」

 ヤベじいは言い訳するかのように頭を掻いていた。

「来るな、ここに来るな、って怒られたよ」

「おじいちゃんにですか?」

「ああ、来ちゃ駄目だ、ってえらい剣幕だったね」

「幼馴染だ、って判ってたのかな?」

「どうだろうな……まあ、威勢だけは良かったけどね」

 そう言って、少しだけ笑みを浮かべた。



 東京の自宅に着いたのはもう夜の十一時を過ぎていた。

 それでも、東京駅から帰り道のどこをとっても、元白鳥と比べればまだ宵の口のような明るさとざわめきに満ちている。

 階下の両親も眠っているようだ、廊下の明かりだけつけて、さっさと二階に上がった。


「あ」

 ミーコが、階段を上り切った二階の廊下にうずくまっていた。

「ミーコ、ただいまぁ」

 ミワがかがみ込む。


 ミーコは、ミワが小学校に上がってすぐ、まだ目がようやく開いた頃に近所の公園から拾ってきた猫だった。

 ミーコはミワにはベタベタだったので、今回遠くに住むことになった時も、ミワが一番心配だったのが実は、ミーコのことだった。

「ごめんね、ミーコ。さびしかった?」

 しかし、ミーコの様子が何だか違う。

 耳をペタリと伏せて、瞳孔は大きく開いたまま、ミワを見つめている。

「ミーコ?」

 ミワは、伸ばしていた手を、ゆっくりと引っ込める。

 ミーコは、ずっと低く唸り続けていた。


 猫のことは心配でもあったが、とりあえず、自室に落ちついてすぐ、ケンイチに連絡を入れた。

 しばらくたって、ころん、と小さくラインの受信音がした。ケンイチからだった。

『こっちもみんな家に着いた、お疲れ!』

 わざわざタイトルに、『お守りメール』とついていた。


「あれ」

 廊下に電気がついて、低い声がした。

 ミワが部屋から出ると、Tシャツにトレパン姿の圭吾が階段の降り口を見やっている。ミワに気づいて

「あれ、おかえり」

 テンションの低いままそう言った。どうやら、自室で寝ていたようだ。

「ただいま」

「今、来たのか」

「少し前だよ、十分くらい前」

「ふうん……」

 まだ階段の方を見ているので

「何? トイレ行って道に迷ったとか?」

 そう茶化すと、案外真面目な表情で


「誰かお客を連れて来たのかと思って。で、下に降りて行ったのかな……ってさ」


 ミワの首筋で産毛がぞわりと逆立つ。


「ひとりで来たよ。やだ、見たの? 誰か」

「いや……」

 急に醒めたのか、彼が目をぱちくりさせた。

「だって何にも音、してねえし。何、言ってんだ? 早く寝ろよ」

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