呪いと事件 01
さっくりと『呪い』のことばが出たおかげで、逆に話しやすくなった。
ミワがここに越してきてからの話を聞かせている間、ケンイチはずっと黙って朝食を租借しながら耳だけは傾けていたが、カンダヨシノの話を聞いた時には、さすがに彼も動作を止め、まじまじとミワの顔をみて、少し置いてから
「マジかよ」
そう言ったきりだった。固まったままのケンイチに、ミワは早口で問う。
「知ってるの? カンダさん」
「知ってるも何も……」
狭い地域なので、ケンイチも知らない訳はなかった。
しかも、菅田吉乃は小学六年の終わり頃に団地に引っ越してきた同級生なのだと言う。
「すぐに中学になって、クラスが変わったんであんまり話したことないけど……特にヤな奴とか言う訳でもなくてさぁ、案外ジミなタイプだった、かな。文鳥を飼ってるって、一度だけ聞いたことあるけど、文鳥ってのも何かさぁ、地味じゃね?」
いきなり最後がよく判らない質問になっていた。
「そうかな……」
「飛び降りた、って?」
「正面玄関のとこで、そう聞いたんだけど」
ミワの目にじわりと新しい涙がにじむ。
「今朝、ってコト?」
うん、とミワはうなだれた。
「たぶん私が行ったせいで」
「待てよ」
また、強い口調でケンイチが遮り、ミワは思わず彼の顔をみつめる。
今まで見たこともないような、力強い目をしている。
「菅田もヒガイシャだと思うんだけど、オマエもたぶんさぁ……飛んで火に入る、ってヤツだと思う」
「何それ」
「やっぱ、目玉ババアが一枚かんでるんじゃないかって、思うんだけどな。アイツにしてやられたんじゃないのかな、オマエも」
そして続くことばに更にミワは息をのんだ。
「あの辺のヤツら……あの家の前で何かやらかしたヤツらは、軒並み『呪い』攻撃を受けてる。もちろん、団地以外の、元白鳥の連中もね」
オレも呪われたんだ、軽くだけどね、とさらりとケンイチが言った。
「目玉ババアは辺りかまわず、人を呪うんだ」
目玉ババアは、団地ができて最初の住民が入った頃からその場所に住みついていた、と言われるが、案外その辺の事情に詳しい人はいない。
ケンイチの祖父・ヤベじいならば、生まれも育ちも元白鳥なのだから少しは詳しくても良さそうなのだが、ケンイチが目玉ババアのことを訊こうとしても、何だかんだと話をはぐらかしてしまうのだそうだ。
「でもさぁ、あのバアさん、いっつも村のヤツラを呪ってやる、って言ってるらしいし、家もアヤシイし、見た目もアヤシイし」
「見た目……でもシワとかさ……」
幼女の姿かたちを思い起こしながらミワがつぶやく。
「シワとか、あったっけ……」
ケンイチが可笑しそうに噴き出す。
「あるに決まってるさぁ」
しかし、意外にもこう続ける。
「まあ、マジマジ見つめたことなんてないしさぁ、目が合うと強烈な呪いが襲いかかるって言うヤツもいるから、近所の奴らなんてまともにバアさんの顔なんて見てないよ」
「……そうなんだ」
マジマジ見てしまったから、呪われたのだろうか?
それでも、ミワには何かと、ひっかかることはあった。
あのおばあさん(まあ、見た目は小さな子だったけど)、そんなに凶悪な感じでもなかったような気もする。
それに「カーコ」、あのカラスも不気味、というわけではなかったような。
ミワの心中も気づかぬように、ケンイチは訥々と呪いに関わっていそうな事象の話を続けている。
知らない車に後をつけられた、変な人に声をかけられた、という事案は元白鳥内でも何件か発生していたが、団地が出来てからここ五十年ほどのうちに大ごとになったのは、三件、全部子どもと言える年齢で、しかもすべて団地内に住んでいたのだという。
子どもが行方不明となったのが三件というのは、あの地域にしては比較的多い方だ、とミワも思う。
二人は何者かに連れて行かれ、そのうちひとりはまだ見つかっていない。
すでに三〇年以上前の話らしいが、当時十八歳ということもあって、連れに誘われての家出なのかも知れない、と思われ、真相はいまだに不明なのだそうだ。
行方不明となったもう一件は一〇年ほど前、ずいぶん離れた山中で口もきけない状態でみつかり、入退院を繰り返し最終的にはどこかの療養所に移ったらしい。
両親は、子どもが病気だから、と言い張り、結局は療養所近くの土地に引越していった。
三人目はまだ三歳くらいの幼児だった。
轢き逃げにあったらしく、数ヶ月後にまったく別の場所、海岸に浮いていたのを発見された。
その後、隣町で犯人が見つかったものの、だからと言って子どもが帰ってくるわけでもなかった。
轢き逃げ自体は呪いとも何の関係もなさそうだ、しかし、それすらまことしやかに
「呪いだ」
と囁かれる始末だった。
特に子どものからむ事故や誘拐未遂事件や声かけ事案などは、そこまで深刻な被害はなかったものの元白鳥全域でもたまに発生しているらしく、たびたび地元自治会の地域パトロールも行われているのだそうだ。
そして何時の頃からか、こんな話が飛び交うようになった。
『酷い目に遭うのは必ず、ツクネジマの目玉ババアが呪った連中だ』と。




