病院にて 01
見てきてほしい、と言われたが実際、なにをどう見てきていいのかが、ミワにはさっぱり判らなかった。
とりあえずどこに聞けばいいのか分からず、正面玄関から総合案内に進んでみた。
総合案内にいた、化粧の濃い女性は硬い笑顔で
「午前中はお見舞いをご遠慮いただいております」
としか言わず、ミワは
「はあ」
と言ったきり、次の句が継げない。
しかし、ふとスマホに目を落とし、あの目玉がうっすらとこちらを睨んでいるのに気づいた。
「あの……」
と言いかけたが、すでに受付は紅い唇をきちりと結び、笑顔でまっすぐ前を見ていたので、
「いいです」
と引きさがり、とりあえず彼女から見えない所にまで移動した。
とりあえず飲み物でも飲んで落ちつこう、と自販機を探しに歩き出す。
そのまま売店に向かって歩き出した時、横の大きな窓から中庭が見えた。
ちょうど窓の脇に差し掛かった時、すい、と影が見えてこつん、と小さな音が鳴ったので目をやった。
窓枠にいたカラスが一羽飛び立とうとして、ミワを見た。
こんな近くにカラスなんて、病院だから嫌われそう、そう感じたのも束の間、カラスはくい、と首を動かして斜め上に飛んでいった。
院内にいた誰も、気づいていないようだった。
道案内のようにも見えて、ミワはつい、カラスの行った方角に歩を進める。
しばらく行くと、病棟へのエレベータホールを見つけた。
たまたま病衣で白いビニル袋を下げた年配の男性と、点滴のついたポールを連れ歩く女性、病人に何か届けにきたらしい年配の女性が揃ってまん中のエレベータに入っていこうとしていたのに、あわててついて行く。
何階? とボタンの前に陣取った点滴女性に訊かれ、そう言えば何階かも知らなかったのだがとっさに五階を、と答えていた。
彼らが三、四、六階のボタンを選んでいたので、たまたま空いている番号を告げただけだった。
女は黙って五階を押した。
五階にひとり降り、ドアが閉まると同時にすぐ近くの窓にまた、カラスが姿をみせた。
先ほどのやつと同じなのだろうか?
もしかしたら団地からついて来たのだろうか……カラスの見分け方など全く分からなかったものの、ミワはすぐにカラスの指示に気づいた。
黒い影はぷい、と首を横にしてから窓枠から飛び立った。
目指したのは、上だ。
ミワは溜息をついて、エレベータ前に戻った。
だが、病院にはまだ六階から八階までがある。
エレベータはなかなか戻ってこないようだ、と、そこへ脇の鉄扉が開いて、いかにも健康そうな中年男性が、両手に紙袋を抱えてホールに入ってきた。
あいまいにおじぎ返し、ミワはその扉から外に出てみる。
階段室になっているようだ。ミワはとりあえず六階に向けて、階段を上がっていった。
エレベータホールに入って、また窓を見る。カラスがいた。
今度はかすかに首を左に動かしてから、じっと、彼女のことを見ている。
ミワも目を戻し、病棟がABに別れているのに気づいた。カラスが首を向けたのは北側のB病棟だ。
向ったB病棟、ナースセンターは忙しそうな数人が動きまわっているだけで、誰も入って来たミワに注意を払っているようには見えない。
ナースセンターをまん中にして、左右の翼にずらりと部屋が並んでいる。
お見舞いの方は必ずナースセンターに声をかけてください。と貼られてはいたが、ミワはそのまままず左の奥へと進んだ。
暗い通路の両側に、病室とか洗面所とかがずらりと並んでいて、もうカラスの見える余地はあまりなさそうだ。
しかし幸いなことに、病室にはすべて、名札がついていた。
カンダ、カンダ、心の中でつぶやきながらまずは個室、まん中に近づくにつれ四人部屋の名札を見て行く。
空いている箇所も多く、まん中にたどり着くまでに目当ての名は見つからなかった。
今度は右側だ、病院の作りのせいか、こちらの翼の方がややうす暗くみえる。
一番奥まで行って、また、名札を見て行く。
奥から二番目、個室らしき部屋の前にようやく『菅田吉乃』という名前をみつけ、思わず小さくガッツポーズをする。
しかし、固く閉ざされたドアの前でミワは立ちつくした。
彼女がもし中にいて起きていたら、何と言えばいいんだろうか?
あの、私あの団地に越してきたんです、まだあいさつもしてなかったんですが、よろしく。ところで具合はいかがですか? とでも?
つい、スマホに目を落とす。待ち受け画面には相変わらず、あの目玉が浮いている。
急いでポケットにしまい、軽く息を吐いた時、中から声が聴こえた。




