目玉ババア 01
やっと来たバスに乗り、三〇分近く揺られ、ミワはようやく団地まで帰ってきた。
団地、といってもバス停は少し離れている。
バスならば、元白鳥に入る手前の『滝見橋』で降り、あとは田畑を突っ切って東の山懐に向かって一キロ以上歩かねばならない。
ぼんやりと考え事をしたまま、気づいたらミワはいつも自転車では通らない団地内の道を通っていた。
昔、何度か団地には遊びに来たことがあったが、この先の中央公園に、お祭りに来たことも一度だけあった。
団地に越してからは町内会長と近所の組長宅にしか行ってなかったので、この通りを通るのはそのお祭り以来だっただろう。
少し痛くなってきた足をひきずりながら歩き、お祭りの情景をぼんやりと思い出す。
あの晩はむし暑くて、風もなまぬるかった。
公園から聴こえる音楽は音が割れていた。
太鼓の音はどこかくぐもっている。
それでも、六歳になったばかりのミワはけんめいに駆けていた。
従兄のシゲルが貸してくれたゴム草履がどうにも滑り易く、身体の大きな兄やイトコのシゲルやカズミにどうしてもおいて行かれそうになって、シャンプーしたばかりの髪が額にぴたぴたとくっついて邪魔ばかりしたが、ミワはけんめいに走る……
何か楽しいものが待っているはずの、この暗がりの先に。
あの時は子どもが多かった。
団地の子もかなりいただろう。
もしかしたら、行方不明になっていた子も、すでに団地に住んでいたのかも知れない。
そこで、一度くらいは会っていたかも知れないのだ。
ふと気づいた時、ミワは小さな交差点近くに立ち止まっていた。
右脇の黄ばんだように白くて高い塀に、確かに見おぼえがあった。
そこには昔から沢山のステッカーが貼られていたからだ。
そして塀に沿って、なぜか色とりどりののぼりが立てられていた。それは今でも変わりなく、
『大売り出し』
『大盛りメガフライ定食』
『ぶどう』
『現金会員大歓迎』
『出玉奔流』
など、さまざまな業種にわたり並べられ、あるものは新品同様、あるものはすでにズタズタになって、夕間暮れの風になびいている。
そして、これも多分昔から変わっていなかったと思うが、敷地内にはなぜか細く高い鉄塔が立ち、一番てっぺんに黒い箱状のものがくくりつけられていた。
黒い箱には白い塗料で、妙に原始的な目玉が描かれている。
前に聞いていた、メダマババアの家だ。
従兄たちだけでなくも団地の子どもらも何かと噂していたような気がする。
そこまで思った時。
急に脇の小道から黒い物体が飛び出してきた。
一旦停止もせずに左折しようとした車だ、と一拍遅れて気づいた。
とっさに避けた、つもりだったが重くなっていた足が絡み、ミワは思いのほか大きくよろめいた。
車に巻き込まれまいと、本能的に身をそらす。
次の瞬間から、しばらく記憶が飛んだ。
ずり、ずり、ずり……
最初に気づいたのは、何かをすり潰すような低いくり返しの音だった。
それから、案外低い天井がおぼろげに、目に入ってきた。
声が近づいた。
「気づいたかい?」
近づいた人物に、焦点が合った。
なぜかオカッパの、幼い少女が目に入る。
くりっとした目が愛らしい。
しかし、その声はしわがれていて、髪は半白髪だった。
「大丈夫だよ、あの車、めいっぱい呪っておいたからね」




