地元の付き合い 01
さて、いよいよひとり暮らし!
そう思っていた夢の暮らしが始まる三月までに、当初のワクワクした思いはしかし、次第にうんざりしたものに変わっていった。
二月末にはトモエがいっしょについて、全十二組二〇〇余軒を束ねるツクネジマ町内会長の梅宮宅と、その下部組織になる、ミワの属する第五組の組長宅にあいさつに行くことになった。
梅宮宅には先客がいた。
背の高い白髪の、堂々とした体躯の男が玄関先をいっぱいに塞いで、中の人間と低い声で話をしていたが、ミワたちの気配を感じ、すぐにふり向いた。
「ああ、クワハラさん?」
トモエはすぐに相手が誰なのか分かったように、呼びかけて笑顔を向ける。
「ちょうどよかった、団地に姪がしばらくお世話になります」
クワハラ、と呼ばれた男は難しい顔をしていたが、奥にいた梅宮が早口で
「柏田さんとこの、トモちゃんだよね? 後ろの子は、こないだの話の?」
そう補足すると急に、笑顔になった。
「ああ、聞きましたよ、よろしく」
トモエが小さな声でミワをつつく。
「桑原さん、元白鳥の三地区を束ねる、自治会長さんだよ」
元白鳥地区を大きく三つに分けた、西通、東通、ツクネジマ団地の三町を管轄する自治会の長だということらしい。
ミワが口の中でもごもご挨拶をすると、桑原は鷹揚に手を上げて、ではこれで、と梅宮宅を去ろうとした。去り際に梅宮に
「じゃあ、さっきの件もよろしく」
そう、明るく声をかける。
はい、と梅宮はやはり明るく答えたものの、何か気になるように彼の背中をずっと目で追っていた。
そして彼が車に乗り込むとすぐにミワとトモエとに目を向けた。
ツクネジマ町内会長の梅宮は痩せて背の低い六〇代後半くらいの感じで、ちょっと目を離したらすぐにどんな人物か説明もできなくなりそうな、これといった特徴のない男だった。
そして、どこか心ここにあらず、というふうにふたりを順繰りに見回している。
「お忙しい所すみません」
トモエの挨拶に、いやいいんですよ、と言いながらも急に本題を思い出したかのように、顔をわずかに引き締めた。
「女子高生の、ひとり暮らしなんですよね……二年生ですか」
何か言いたげな目が気になったのか、トモエは
「すみません」
と殊勝に頭を下げた。
「近くに叔父夫婦も住んでますし、私も駅近くに住んでますし、実家にも連絡はこまめに取るよう伝えてあります。万が一何かありましたら、こちらの連絡先に」
差し出した名刺を片手で遮るようにして、梅宮が言った。
「いえ、そちらのおじょうさん自身は特に問題あるとは思えませんがね」
何でも、今年に入ってから、団地の第九組に住む女子高生が行方不明になったのだと言う。
「その子も二年生でしたがね」
「そうなんですか」
「と言っても、その子はちょっと」急に声が小さくなる。
「交友関係で何かと、あったらしくて。たぶん家出じゃないか、って」
おかげで町内会も何かとドタバタしてまして、と取ってつけたような笑い方をした。
横目でトモエを見ると、
(うちのコはそんなコトありませんからね!)
みたいに大きく目を見開いて小鼻を膨らませている。
時々相手を威嚇する表情だが、どこか可愛らしくミワは思わず笑いそうになった。
では、と立ち去ろうとしたせつな、玄関脇、ミワたちをすり抜けるように、小柄な少女が入ってきた。
紺色のブレザーに暗いチェックのプリーツスカートを短めにしているが、どこかの高校の制服のようだ。
同じ年くらいのようだ。
少女は軽くミワたちを一瞥しただけで、黙って玄関を上がっていく。
「おかえり」
梅宮が声をかけても、返事はない。
「今日は早かったな」
「また出かけるから」
「どこに」
「……」
何か答えたようだが、梅宮が確認する暇もなく、彼女は奥の部屋に消えた。
トモエが問いかけようとすると、梅宮が先に
「うちの下の子で、高校一年です」
「ああ……」
「なかなか、言う事きかなくて」
ははは、と梅宮が照れくさそうに笑う。
「どこもおんなじですよぉ」
トモエは自分の娘でもないのに、ミワの方をみてカラカラと笑ってみせる。
ミワは、少女の消えた方にまた目をやった。
父に似ているのかどうかも、よく分からない感じだったが、梅宮と同じように、少したったらすぐに忘れてしまいそうな、印象の薄さだった。
それでも梅宮は愛おしそうな目を、少女の消えた方にさりげなく向けていた。