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ナンセンスェカイ軽体小説『ポポポポ』  作者: λμ
『より人間的なアポカリプサー』
21/26

 黄泉寺は、ポポポ委員会に入った経緯や存在しない『他のレジスタンス』が消えた話などの嘘を混ぜ込み余計な反感を買わないように細心の注意を払い、これまでの話をした。


 また、絖瀬が口裏を合わせやすいように、ポポポ委員としての活動やアポカリプサーの話についてはそのまま伝えた。


 説明を終え、黄泉寺はスパークリングコーヒーのペットボトルを口に運んだ。飲めたものではないと思っていたのに、すでに空になっていた。


 話を聞き終えた絆夏と鍋神は、苦渋に満ちた顔をして頭を抱えていた。外側の人間にとっては理解しがたい話だったに違いない。なにしろ、内側にいた黄泉寺ですら、納得するのに一週間はかかったのだ。


 絆夏が、少女であることを忘れさせるような重い声を発した。


「その話を信じろと? ポポポ委員会なんてふざけた名前もそうですけど、ぽすとあぽかりぷす? のための破壊、ですか? 久しぶりに、ぜんぶ悪い夢だったんだ、で終わってほしくなってきました」

「同感です。でも――」鍋神は絖瀬の腰から下を覆うポポポ星人型兵装スーツに視線を落とした。「事実なんでしょうね」

「それに、この写真――最近になって撮影したものはどれもふざけすぎですけど、黄泉寺さんの話が本当なら、こういうダミーじゃないとダメなんでしょうね」


 言って、絆夏は絖瀬に目を向ける。絖瀬は胸元を両腕で隠して、非難めいたジト目で黄泉寺を睨んだ。頬が赤くなっていた。


「それにしても」


 絆夏はカメラをいじりながら言った。


「お二人は付き合ってるんですか?」


 予想外の角度からすっ飛んできた質問に、黄泉寺は乾パンを喉に詰まらせた。咽まくる黄泉寺に鍋神が苦笑しながら飲み物を投げ渡す。今度は透明の、仄かにミカンの香りが漂う水だった。


「恋人ってわけじゃないッス。パートナーッスよ。……絆夏ちゃんと、鍋神さんみたいな」


 絖瀬は懸命に乾パンを飲み下そうとする黄泉寺の背を擦った。


「自分、三頭絖瀬って言うッス。糸へんに光でわた、瀬戸内海の瀬で、絖瀬ッス」


 言って、絖瀬は黄泉寺も見惚れた人懐っこい笑みを浮かべた。

 しかし絆夏は眉間に皺を寄せる。


「このタイミングで自己紹介? 二ヶ月も潜入してると、緊張感がなくなるんですね」


 絖瀬の顔が露骨に曇った。すかさず鍋神が助け舟を出すように言った。


「私は、お鍋の神様で鍋神です。下の名前は詠美えいみね? それから――」鍋神は顎に人差し指を当ててしばらく考えてから言った。「これでも、三ヶ月くらい前までは群馬で臨床心理士目指して、頑張ってたんですよ……」


 イコライザーミサイルが落ちてから三日後、鍋神はボランティアに入ろうと思って家を出た。事件直後はまだしばらく報道があったがゆえに思いついた行動だ。


 まったく打算がなかったわけではない。英雄的な活躍は無理でも、現地で福祉関係者にコネを作り、後々仕事を斡旋してもらおうと考えたのだ。


 しかし、東京に向かう途中、あっけなく目論見は崩れた。

 最初に救援に入った自衛隊が、後に『竜』と呼ばれる怪物に壊滅させられた。


 バチが当たったのかも、と鍋神は寂しげに笑った。

 すぐに引き返そうとしたのだが、間に合わなかった。インターネットは真っ先に機能しなくなり、携帯もラジオも不通、陸海空の交通網は遮断され、東京まで歩くしかなくなった。けれど、道中の想像を絶する壊滅っぷりに、それも諦めたという。


「それからしばらくは即席の難民キャンプにいたんだけど、みんな無気力になっちゃっててね。初めて絆夏ちゃんと会ったのはそのときで――」


 鍋神は続きを促すように絆夏に微笑みかけた。

 絆夏は、はぁ、と深くため息をついてペットボトルを手に取った。


「私は安中あんなか絆夏です。絆の夏で、絆夏。よく母がそう言ってました」


 パキリ、と小気味いい音を鳴らしてボトルの封を切った。

 イコライザーミサイルが落ちた日、絆夏は小学校にいた。父は東京にいたから跡形もなくなっただろう、と冷淡に続けた。


 母は中道五番町商店街近くにいたはずだが、爆風で吹き飛ばされたのか、目覚めた場所は十数キロも離れていたらしい。二週間後に落ち合えたとき、二人は、生き残っただけでも奇跡だと抱き合った。


 その後、絆夏と母は数少ない生き残りが集うキャンプに入った。メンバーの中には生き残りの自衛隊員たちもいたという。いつか混乱は収まると二人で励ましあった。


 しかし、混乱が収まるよりも先に、キャンプの物資回収役が死んだ。すぐに人員交代が行われ、彼らも死んだ。代わって、死んで、代わって、死んで――、


 ひと月を数える頃、キャンプの人口は当初の半数を切っていた。大人も子どもも生きる気力を失い、動けるものは少ない。


 ある日、母が自ら物資回収役に名乗り出て、ケガをして帰ってきた。衛生状態が悪かったため感染症に陥り、朝も夜もうなされるようになった。医薬品はまったく足らない。絶望的な状況の中、母と絆夏を救うために大人と子どもの混成部隊が創設された。


「――それが、コレですよ」


 絆夏は鉄帽に巻かれた鉢巻を指さした。

 中道五番町商店街決死隊は、悪い冗談のような名前に反して、たったひとりの犠牲だけで必要にたる医薬品を持ち帰ったという。


「おかげで母は、一週間、長く生きていられました」


 絆夏は思い出したように鉄帽を外し、大事そうにテーブルに置いた。


「その後、私は死んだひとりに代わって隊に参加したんです。黄泉寺さんには信じられないでしょうが、ほんのひと月前まで隊は存続していたんですよ?」


 ――ひと月前だって?


 黄泉寺には思い当たるフシがあった。


「まさかとは思うけど、中道五番町商店街で?」

「……そうですが……まさか――」


 絆夏の、急に鋭さを増した眼光に慄き、黄泉寺は必死になって手を左右に振った。


「俺じゃないよ」


 多分、俺の前に巡回した奴だ、とは言えなかった。言えばそいつの名と顔を教えろと迫られそうだった。アポカリプサーに見放されていなければ技術的には可能だろうが、教えれば絆夏は復讐に動き出しかねない――いや、確実に動く。


 人を撃つ。単純だが難しい行動だ。それこそアポカリプサーがポポポ委員にそう思わせないようにシステムを構築したくらい加害者側に傷を残す。


 ……普通の人間なら、だが。

 ポストアポカリプス用アポカリプスのために、という枕詞には時間的展望が含まれている。いまは必要に迫られてと納得している絆夏であっても、いつか傷が痛みだすだろう。


 だから、黄泉寺は言えなかった。

 あのとき聞いたアポカリプサーの音声が、脳内で鮮明に蘇った。

『優先度判定C以上の人的資源が十四個発見され、内十二個を損失させまさした。その後、巡回担当者は撤退しています』


 たしか、撤退理由は『面倒になった』から。

 黄泉寺は鍋神に目を向けた。


「もしかして、そのときの生き残りだったり?」

「私ですか? えっと……私は隊員といえば隊員ですけど……」


 鍋神は言葉を濁らせ、絆夏の顔色を窺った。

 絆夏はペットボトルの蓋を閉め直して微かに口元を緩めた。


「当時は仮隊員でしたけど、いまは隊員と呼んでもいいと思いますよ。たった二人しか残っていませんけどね。さて――」


 ガリガリと椅子の足を鳴らして、絆夏は黄泉寺に躰を向けて座り直した。その姿は見れば見るほど奇妙だった。背丈に椅子が合っておらず、ブカブカの軍靴のつま先が、やっと床に届くかどうかしかないのだ。

 

 だというのに、絆夏は、少女と言うには覚悟が決まりすぎていた。


「――さて……と……黄泉寺さんと絖瀬さんは、結局、何がしたいんですか?」

「えっ?」


 まさか長生きができればなんでもいいですなどと言えるわけもなく、黄泉寺は二の句を継げずに押し黙った。ちらりと横を覗くと絖瀬と視線がかち合った。すばやく目を逸す。


 絆夏が真剣な面持ちでカメラの液晶を見ていた。


「この施設、スカイツリーの地下、五百メートルにあるんですよね?」

「そう聞いてます……」迫力に気圧され、黄泉寺は無意識の内に敬語になっていた。

「それに、竜……ポポポメカでしたっけ? あれも、絖瀬さんの着ているスーツも、銃は効果がないんですよね?」

「そ、そうですけど……」


 絆夏は深く、深くため息をついた。カメラの電源を落としてテーブルに戻し、鍋神に問いかけた。


「どう思います?」

「えと、どう、と言いますと?」

「この情報を手に入れた私たちは、どうするべきか……」

「……銃は効かないですし、スカイツリーの回りには竜がウヨウヨ……ですよね?」


 鍋神は顎に手を添え、ぶつぶつと呟く。


「たとえば黄泉寺さんとあの二人組のスーツを回収して……ダメか。壊れてる。使えるスーツは一個だけだから、ひとりひとり倒して……何人いるんだって話だし……」

「それに、鍋神さん以外の大人は使い物になりませんしね」


 絆夏は冷淡に言った。その悲観するでもなく諦めているのでもなく、ただ情を一切込めずに発したような言葉に疑問を抱き、黄泉寺は小さく挙手した


「えっと……あの、他の大人は使えないってのは……?」

「私の話、聞いてなかったんですか?」絆夏の声色がさらに絶対零度に近づく。

「戦える人や、動いてもいいと思った人から死んでいったんですよ。生き残った人のほとんどは、とっくの昔に戦うのも生きようとするのも辞めました。私と鍋神さん以外にも動ける人がいないわけじゃないですが、自分ひとりで生きられない人たちへの支援が主な仕事になっています。敵がわかっても戦えるだけの人数はいません」


 視線を外し、絆夏は皮肉そうに唇の端を吊った。十歳くらいの子どもが武器を抱えて物資を集めて回っているのに大人はロクに動かないのだ。無理もない。


 だが、それ以上に、黄泉寺は絆夏の意図を知って、呆けかけていた。

 絆夏は、黄泉寺の嘘を混じえた話とカメラに残る写真を元に、ポポポ委員会と戦うつもりでいるのだ。普通に考えれば勝ち目などないのに。


 教えた情報に不足があった? 想像力が足りない? 無茶無謀なサバイバルを続けてきたせいでオカシクなった? レジスタンスなんて単語を使ったのがいけなかったのか?


 黄泉寺は混乱したまま訊ねる。


「あの、えと、絆夏ちゃん、どうする気なの?」

「絆夏と呼んでいいとは言ってませんが……」キッと睨んだ絆夏は、しかし目の力を抜いた。「まぁ、それはいいでしょう。それより、どうする気なのか、でしたっけ? その、あぽかりぷさー? とかいうのを止めますよ」

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