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ナンセンスェカイ軽体小説『ポポポポ』  作者: λμ
『外のスェカイ』
17/26

 少女の握る九ミリ機関けん銃が黄白色の発砲炎を吹き出し、甲高い銃声がエントランスフロアを満たした。スロープの上からガラガラと音を立てて銃が滑り落ちてきた。ザリザリと音を立てながら男の躰も。流れ出た血液が真っ赤な線を描いた。


 男の躰が、折れた鉄柵に引っかかった。だらりと下がる腕から血が糸を引いて垂れ落ちる。

 少女がさらに三発の弾丸を男の躰に叩き込んだ。男の躰がビクンと跳ねた。

 ようやく安心したのか、少女は銃を下ろした。指を揃え、傍らで気を失っている女の首元に当て、短く息をついた。どうやら、追手に集中していたのと立ち込める煙で、階段近くに蹲る黄泉寺と絖瀬には気付いていないらしい。


 銃を左手に持ち替え、少女は女の肩を右手で掴んで揺さぶった。


鍋神なべがみさん! 起きてください! まだひとり残ってる! 早く起きて!」


 鍋神と呼ばれた迷彩服の女が、小さくうめいた。

 少女はさらに揺さぶり、叫んだ。


「早く! 私じゃ引っ張れません! 自分で立って! 自分の足で走って! 早く!」

「んんぅ……ご、ごめん。絆夏はんなちゃん」


 身を捩るようにして躰を起こした鍋神は、目を見開いた。


「あ、あ、あれ、は……!」

「気づかれた!?」


 黄泉寺はスーツのモニター越しに鍋神と視線がかち合ったことに気付いた。彼女の目には黄泉寺はポポポ星人――異形の怪物にしか見えないはずだ。そして、こちらの声も向こうには届かない。


 絆夏と呼ばれた少女がすばやく振り向き、銃口を黄泉寺らに向ける。歯を食いしばり、眉間に皺を寄せていた。


「よ、黄泉寺さん。どうする、ッス、か?」絖瀬が声を震わせる。

「わかんない……ただ、撃たれても、こっちは大丈夫。多分」


 絖瀬に包み隠さず真実を伝え、その間に黄泉寺は対応を考えはじめた。取れる手段は多くない。戦って損失させるか、なんらかの方法でまた気絶させるか、あるいは黄泉寺たちの方から逃走するかである。


 最悪のケースでも、損失させるのはナシだ。あの日、見逃した意味がなくなる。

 気絶させる。どうやって? スーツ越しに殴って気絶させる? 死ぬかもしれない。

 では、逃げる? それが一番いいかもしれない。生きているのは確認――


「クソガキィ! 手ぇ上げろや!」


 黄泉寺が対応を決定するより早く、少女――絆夏を追ってきた誰かが、スロープの上まで来たらしい。

 黄泉寺は舌打ちしてスロープに目をやった。角度が悪く姿は見えなかった。

 少女はちらりと横目でスロープを見、両手をあげた。


「鍋神さんも」少女は女に声をかけつつ、油断なく黄泉寺に視線を走らせた。「手をあげて」

「で、でも」

「いいから早く!」

「は、はい!」


 鍋神も銃を手放し、両手を小さく挙げた。どういう訳なのか、まだ十歳程度に見える絆夏と、どう見ても二十歳を超える鍋神の力関係は、少女の方が上らしかった。


「クソガキがぁ! 動くんじゃねぇぞ!? 動いたらぶっ殺すからな!?」


 そう叫びながら、男が足場を確かめるようにしながらスロープを降りてきた。

 絆夏の目が、すばやく黄泉寺とスロープの間を行き来する。その視線につられて、黄泉寺もスロープの男に視線を向ける。


 拾い物の服なのか、まるで浮浪者のような格好をしていた。手には自衛隊の八九式自動小銃を持っている。若くイカツい躰をしているからか、損失優先度判定はDマイナスだ。


 男は黄泉寺たちの姿より先に、動かない仲間に気付いた。


「クソがぁ! クソ! クソガキ! てめぇは先にぶっ殺す!」


 男が銃口を絆夏に向けた。鍋神はぎゅっと目を瞑り、絆夏は歯を軋ませた。一瞬、黄泉寺に視線を飛ばした。


 その意図に黄泉寺が気付く。やる気だ。

 絆夏は動こうとしない異形の怪物よりも追手への対処を選んだのだろう。何もせずに死ぬくらいなら戦って死んでやる、という悲痛な覚悟が見えた。


 だから、黄泉寺は、


「さっきのいまでお役立ちかよ!」


 男の足元にコラプサー弾射出口を向けた。引き金を切ると同時に右腕が銃身と化し、実体を目視できないコラプサー弾が射出された。


 練習では外部音声を遮断していたので耳にすることのなかった砲声は、まるでパンパンに膨らませた水風船を油溜まりに思い切り叩きつけたような、実に奇妙な音だった。


 着弾は無音。瞬間的に男の足元に直径五十センチの穴が穿たれた。


「うわ」


 と声を上げた瞬間、男の躰が自由落下を始める。ぐちゃり、と鈍い音がした。


「あ、足がぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!」


 男は銃を取り落とし、悲鳴を上げた。ふいの落下と球形にくり抜かれた足場のせいで、落下時に変に足をついてしまったらしい。


 男は死んだ仲間の背中に手をつき、黄泉寺と絖瀬に気付いて顔貌を歪めた。そのとき、乾いた銃声が鳴り響いた。男の胸に縦並び三つの穴が開き、鮮血を飛沫しぶいた。


 男は口から血の泡を零しながら、ゆっくりと倒れた。

 絆夏は銃口を黄泉寺に向けて構え直した。息が荒い。緊張しているのだろう。その獣のような眼光は、撃っても意味がないことを理解しているようだった。


「よ、黄泉寺さん。どうするッスか……?」

「――何があっても、俺を信じて。パートナーだし、俺が絖瀬さんのこと守るから」


 言って、黄泉寺は絖瀬を背中に隠す。

 スーツを着ているのだから本来は必要のない行為なのだが、凄惨な戦闘を目の当たりにした黄泉寺は、ほとんど本能的に動いていた。


 絆夏は油断なく銃を構えながら鍋神に言った。


「……立てますか?」

「な、なんとか……でも、あ、あいつらは……」

「わからないです。どういうつもりなのかなんて、分かるとも思えないです」


 絆夏の言葉で、黄泉寺はどうするのが正解なのか見つけた。


「絖瀬さん。俺のこと、信じてくれる?」

「……パートナーッスから、自分は、黄泉寺さんのこと、信じるッスよ」

「じゃあ、俺の真似して」


 黄泉寺は絆夏を刺激しないように、ゆっくりと両手を挙げた。いわゆる、ハンズアップだ。一般的には敵意が無いことを示す。絖瀬も黄泉寺に倣って両手を掲げた。外見が人から離れていても、ジェスチャーなら伝わると考えての行動だ。


 しかし、絆夏は眉間の皺をいっそう深めただけだった。


「は、絆夏ちゃん」鍋神は自分の銃を引き寄せ、ボルトを引いた。「……手、挙げてる」

「――見ればわかります」

「て、敵意、ない、のかな?」

「人間でも信用できないのに、信じられますか? 意味だって違うかもしれない」


 絆夏の声は子どもとは思えないほど冷たい。これまでの生活が透けてみえるような冷静な推論だが、立場が同じなら黄泉寺もそう思ったに違いない。


「ど、どうするッスか? に、逃げるッスか?」

「まずは様子を見よう。もしかしたら向こうから逃げてくれるかもしれない」

「それは……どうしてッスか?」

「撃ってきてないから」


 今さっき、絆夏は戦闘不能になった追手を射殺した。弾が残っていて、かつ確実に倒せると認識しているのなら、すでに引き金を引いているはずだ。


 だとすれば、


「あの子は撃っても意味がないことを知ってるし、無駄玉を使いたくないんだよ」


 絆夏は他のポポポ委員との交戦経験があるのだろう。もしかしたら、それは二週間前なのかもしれない。黄泉寺の操るポポポメカに銃弾を撃ち込んだ経験から、学んだのかもしれないのだ。だとしたら、自分が見逃したという話をしたら、どうなるのだろうか。


 可能性の話でしかないが、黄泉寺は絆夏と話してみたくなった。


「アポカリプサー、俺の声を外に出せる?」

「黄泉寺さん!?」


 絖瀬の悲鳴じみた呼びかけへの返答はひとまず無視し、黄泉寺はアポカリプサーの声に耳を澄ました。アポカリプサーはまるで考え込むかのように間を取った。絆夏の後ろにいた鍋神が立ち上がり、黄泉寺たちに視線を向けたまま手探りで八九式自動小銃を拾い、恐る恐るコッキングハンドルを引くまでの間、アポカリプサーは一言も発しなかった。


 ポーン、と鳴った軽い音が、黄泉寺の骨を伝わり頭の中へ届いた。


『――可能です。ですが、推奨できません』


 わかりきっていた返答だ。

 ポポポ委員に与えられた装備は、ポポポメカにしても、ポポポ星人スーツにしても、外部と直接的に接触しないですむように作られている。まるでゲームでもやっているかのように、巧妙にポポポ員を外界から切り離しているのだ。、


 それはポポポ委員の精神を守るため。

 だが黄泉寺はすでに外界の中に居た。事態の当事者だった。絖瀬もそうだ。二人で、二週間をかけて、自分たちの方から傷つく方を選んでいた。


「推奨されないくらい、わかってる。いいから俺の声を――」

「――鍋神さん。あいつら、意志の疎通ができると思いますか?」


 絆夏は、まるで黄泉寺が話そうとするタイミングを見計らったかのように、鍋神に訊ねた。機を失した黄泉寺は成り行きを見守る。リスクを取るつもりでいたが、穏便に済ませられるなら、その方がいいかもしれない。迷いはまだ残っていた。


 鍋神が、ふっ、と鋭く息を吐き、声を低くした。


「わかりません。でも、あいつらは私たちの行動を見て、コミニュケーション手段を学んだのかもしれませんよ。見てください。後ろのやつ、首からカメラを下げてる」


 絆夏の視線が絖瀬を射抜き、すぐに黄泉寺の方に滑った。眉間に深い皺が寄った。


「奪ったんでしょうか?」

「わかりません。でも――」

「やってみる価値はあるかもしれない」


 絆夏は外に出ろとばかりに一瞬だけ銃口を振った。


「……絖瀬さん。とりあえず従ってみよう」

「……了解ッス……」


 黄泉寺と絖瀬は両手を掲げたまま階段を降りた。

 絆夏は眉間の皺をいっそう深くし、銃を前に突きだした。


「後ろを向いて、表に出てください」


 決して軟化しない態度は、さながら訓練の行き届いた軍人である。子どもだから少年兵――女の子は少女兵というのだろうか。


 いささか呑気な感想をもちつつ、黄泉寺は横ばいになって破れガラスの扉を抜けた。強い西日がスーツのレンズを焼き、モニターが真っ白になった。段々と光量が調整されていく。瓦礫に埋め尽くされ、ところどころめくれたアスファルトに陰が伸びていた。


 黄泉寺は肩越しに絆夏の様子を窺う。双眸を鋭くした絆夏が銃口を突きだした。銃弾ではどうにもならないのは知っているだろうに、いったいどうしようというのか。


 まぁ、いまは黙って従っとくかと、黄泉寺は手の平に『生』と書いて飲み込む代わりに深く息を吸い込み、三秒止めた。


「そこで止まってください」絆夏が言った。「それと、ゆっくりこちらを向いてください」

「こ、怖いッスね、この子」


 マイクを通して絖瀬の怯えが伝わってくるかのようだった。同感だ。

 黄泉寺はゆっくり振り向きながら、それに比べて俺ときたら、と苦笑する。

 あまりにも落差が酷い。最初のイコライザーミサイルが落ちてからのひと夏、時間にして三ヶ月半をポポポ市で過ごした黄泉寺。どういう経緯か知らないが額に剣呑な字句が踊る鉢巻を締め、どこかから拾ってきた銃を抱え、懸命に生きて抜いてきたであろう絆夏。


 内と外で、生きてきた世界が違いすぎた。

 鋭い眼光を放つ絆夏の双眸こそが、ポストアポカリプスを生きる人の目なのだろう。


 人間としての逞しさが違う。

 長らく止まっていた黄泉寺と絖瀬の時間が動きだしたのは、つい二週間前だ。より正確にいえば、その少し前、黄泉寺であれば絆夏を逃した日であり、絖瀬であれば初めて自分のしてきた行為の意味を考えさせられた日である。


 黄泉寺たちが過ごしてきた三ヶ月半と、絆夏の生き抜いてきた三ヶ月半は、同じ時間だといえるのだろうか。

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