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ナンセンスェカイ軽体小説『ポポポポ』  作者: λμ
『外のスェカイ』
16/26

「ひぃぁっ!?」


 絖瀬が悲鳴をあげて首をすぼめ、黄泉寺は弾かれたように顔をあげた。まるでかんしゃく玉を踏みつけたような音だった。


「銃声……?」


 黄泉寺が呟いた瞬間、今度はパララララ、と連続で鳴った。雲が空を隠し始めているからなのか、音がすぐ近くで聞こえたような気がした。崩壊が始まってから、すでに三ヶ月が経っている。未だに活動を続けている自衛隊員などこの辺りでは皆無に等しい。となれば、撃っているのは生存者だ。


 俄に二人の間に緊張が走った。


「絖瀬さん、スーツ着て」

「りょ、りょーかいッス!」


 スーツを着込んですぐ、黄泉寺は言った。


「アポカリプサー、外部音声を取得して」

『外部音声の取得は推奨されません』

「いいから、取得して」

『……はい。外部音声を取得します』


 ほんの一拍ほど間があったように思えたが、すぐにアポカリプサーが外部音声を取り入れ始めた。銃声。マイクを通しているからか、先ほどよりも少しくぐもって聞こえた。


 代わりに音の方向はよりはっきりした。発生源は北側に残るビル群だ。そのほとんどはオフィスビルだが、人が働くところには必ず近くに飲食できそうな店があり、また時間を潰せるような店が点在している。生存者がいるとしたら目的は食料だろう。


「……絖瀬さんも外部音声を取得できるようにした方がいいかも」

「りょーかいッス! って、えっ?」


 単音で疑問を呈する絖瀬に、黄泉寺は答えた。


「ちょっと、見に行ってみよう」

「えっ? えぇぇぇぇぇぇ!?」

「大丈夫だよ。別に損失させようってわけじゃないし、普通の鉄砲の弾ならスーツを貫通したりしなし……それにほら、絖瀬さんは人的資源の損失判定、見てないでしょ?」


 この二週間、遊んでばかりだったというのもあるが、文化的資源の損失に入る前には必ずロアリングによる人払いを行っていたので、人的資源に出くわしたことはなかった。


「そ、それはまぁ……そうッスけど……」


 少し迷っていながらではあったが、絖瀬も首を縦に振った。黄泉寺は小さく頷き返すとカメラのストラップに首を通し、先行して歩き始めた。


 どうしても見に行きたくて咄嗟に思いつきの理由を並べてみたが、真相は違った。

 先ほど聞こえた連続的な銃声をきっかけにして、思い出したのである。まさに絖瀬とコンビを組むきっかけを作った事件――、


 あの日、中道五番町商店街で見逃した少女が持っていた、九ミリ機関けん銃を。

 聞こえてきた銃声は、彼女のものではないか。


 あの日、黄泉寺は銃声そのものを聞いたわけではない。

 しかしレンズを向けるときとはまた違う感覚で映像が頭にこびりついている。

 聞こえてきた連続的な射撃音――バースト射撃のタイミングが、どうしても泣きながら発泡していた少女の姿と重なる。半ば確信めいた感覚があった。とはいえ――、


 黄泉寺は肩越しに絖瀬の様子を窺った。自分の躰を守るように胸元で両手を重ね、キョロキョロと辺りを見回していた。トラウマ克服にしては少々過激にすぎるか。


 だが、ポポポメカ二号で待たせておくには駐機した場所が遠すぎるし、ひとりで待たせておくにはこの二週間で緊張感が失われすぎている。


 と、絖瀬と目があった。カクンと小首を傾けた。ポポポ星人スーツを着ていなければ心の中でガッツポーズをしたくなるほど可愛いと思うのだろうが。


 黄泉寺は深呼吸をひとつ入れた。もう音がした場所は近いはずだ。しかし、未だ人の気配は感じられない。銃声もしばらく止んでいた。


 わざわざ歩いてきたのだから、姿くらいは見て帰る。

 そう決めて、崩れた壁と黒焦げになった車を乗り越えたまさにそのとき、


 新たな銃声がした。


 近い、というよりも、向こうから近づいてきている感触もある。

 また銃声が鳴り響いた。今度は音が違う。かんしゃく玉よりもずっと重い。ライフルだとすれば自衛隊の小銃、八九式の五.五六ミリ弾だろう。


 黄泉寺は背後の絖瀬に目配せして、瓦礫の山を滑り降りた。斜めになった五階建てビルに向かう。銃声がさらに近づいた。


「――――! ――! ――――!?」


 音が反響していてわかりにくいが、男の声だった。

 男の声に答えるかのように、バースト射撃の音がした。さらに近づいている。どうやら撃ち合っている生存者は上階にいるらしい。


 黄泉寺はコンクリの剥がれたビルの柱に身を隠し、絖瀬に言った。


「前に話した、俺が見逃した女の子かも」

「えっ? それって……」

「そう。絖瀬さんと出会う前にやらかしたヤツ」

「……み、見に行くッスか?」


 少し震えている声に、黄泉寺は一瞬だけ迷った。すぐに振り払う。


「見に行ってみようと思う。あの子を見逃したから、絖瀬さんと会えたわけだし。行って何するってわけでもないけど……」

「じゃ、じゃあ、自分も行くッス!」

「え? いや、危ない……ってこともないか。スーツ着てるし。足音もしないし」


 そこまで口にし、黄泉寺は何を緊張していたのだろうと失笑した。スーツを着慣れすぎたからなのか、あたかもスーツを着ていないかのように錯覚していた。


 これではまるで生存者じゃないかと首を振り、黄泉寺は明るい声で言った。


「ま、気楽に行こうよ。俺たちにとってはそんなに危ない状況じゃないしさ」

「りょ、りょーかいッス!」


 二人は頷きあい、黄泉寺が先行する――、


「――え?」と、絖瀬が不安を誘うような声を出した。


 ズッコケかけた黄泉寺が振り向くと、少し緊張の残る声で絖瀬が言った。


「えっと――か、カメラ! カメラ、自分が預かっといた方がいいッスか? もし壊れたりしたらとか……」

「……ああ、たしかにそうかも。お願い」


 黄泉寺はストラップから首を抜き、絖瀬にカメラを差し出した。すぐに壁に背中を貼りつけ内部の様子を探る。銃声。反射的に首をすぼめた。声はだいぶ近くなっている。急いだほうがよさそうだ。


 黄泉寺は突入を告げようと傍らに顔を向け、固まりかけた。

 カメラを首から下げたポポポ星人がシュールだったのだ。

 いや、それよりもシュールだったのはディスプレイに見入る姿か。


 表情が伺えないからこそ怖い。カメラを渡したのはしくじったかと思う。

 が、いまは状況を優先する。


「絖瀬さん、入るよ」

「ふぁ!?」絖瀬ははっとして顔を上げた。「りょ、りょーかい! ッス!」


 緊張しているせいか声がうわ滑っているような気がした。黄泉寺は後ろめたさからくる誤解ということにして、フレームだけが残るガラス扉から内部へ侵入した。


 白基調の床、壁、天井すべてが煤で薄汚れていた。窓から吹き込んだゴミや埃で、足元が外と同じかそれ以上に滑りやすかった。


 入って正面にアルミ製の立て看板が突き刺さった受付カウンター、すぐ脇に中二階へと通じる黒い階段がある。奥にはエレベーターもありそうだが、どのみち電源は入るまい。


「絖瀬さん、中二階にあがるよ」

「りょ、りょーかいッス……!」


 声から伝わる緊張感は、まるでお化け屋敷に迷い込んだかのようだ。

 黄泉寺は苦笑しながら言った。


「絖瀬さんはもともと文化的資源損失課なんだから怖くないでしょ?」

「あー……や、怖いっていうか、人住んでるなぁって」

「えっ?」


 振り向いた黄泉寺は、絖瀬が指差すものを見て「マジかよ」と漏らした。

 受付カウンターに刺さったハンバーガーチェーン店の看板の上に、プラスチック食器が並べられていた。椅子の代わりにしていたのか、看板を挟むようにタイヤのホイールが重ねられている。ポストアポカリプス時代の最新ダイニングテーブルだ。


 黄泉寺のモニターに文化的資源の損失判定表示が現れた。食器はDマイナス。何かの煮込みが入っていた。湯気はないが腐ってもいない。缶詰か何かだろう。つまり――、


「ここにいた人たちが仲間割れしてるッスかね……?」

「あるいは、侵入者か何かと戦っているのか。いずれにしても――」


 人同士で争っている、という黄泉寺の言葉を遮るように、少女の叫び声が聞こえた。


「耳を塞いでください!」


 落雷もかくやという爆音が上階で轟いた。絖瀬が悲鳴をあげる。衝撃音。天井が震えてヒビだらけになった。絖瀬が足を滑らせ体勢を崩した。


 黄泉寺は即座に手を伸ばし、絖瀬を庇おうと抱きしめ、屈んだ。

 鈍い破砕音と共に、天井が綺麗に四角くぶち割れた。奥の端が二階床に引っかかり、分厚いコンクリートブロックのスロープが形成された。


 舞い上がった埃に紛れるように、ひとつ、ふたつ、人影がスロープを滑り降りてきた。

 人影は中二階の手すりのついた鉄柵をなぎ倒し、一階のポストアポカリプス風ダイニングテーブルに転がり落ちた。食器が散らばり味噌煮込みらしき何かがぶちまけられる。階段の壁に貼りついていた黄泉寺は、二人組を視界の隅で捉えて思わず叫んだ。


「あの子だ!」

「ふぇ!?」


 絖瀬も顔を振った。

 床に転がる人影はふたつ。ひとりは都市迷彩服を着込んだ黒髪の女だった。自衛隊員の遺体から回収したであろう八九式自動小銃のグリップを握りしめている。


 そして、もうひとり。

 少女が、破砕したコンクリートの粉塵にまみれ、痛みに耐えるかのように喘いでいた。


 ボロボロでブカブカの迷彩服。

 いつぞやも頭に乗せていた鉄帽。

 そこに巻かれた鉢巻の、埃にまみれてなおハッキリと見える文字列は、

 あの日と、まったく変わらなかった。


 『中道五番町商店街決死隊』


 間違いなく、あの泣きじゃくりながら銃を撃ち、弾が尽きてからは石を投げた少女だ。

 だが。

 黄泉寺のモニターには、目を疑う表示が出ていた。


 損失優先度判定の表示方法はいつもと何も変わらない。アポカリプサーが少女を人的資源と認識し、緑色の四角いフレームで囲う。即座にAIと通信を交わして計算し、損失優先度を判定する。判定値は絶対にして正確だ。


 よりよいポストアポカリプスのために、より人間的なポストアポカリプスのために、損失させるべき人的資源かどうかを冷酷に判定する――はずなのに。


「優先度判定……Cマイナス……!?」


 優先度が下がるなんて、ありえるのか?

 黄泉寺の脳内で火花が散った。

 文化的資源は内容物によって損失優先度が変化する。状態の変化を認識すると、アポカリプサーは即座に再計算し、新しい判定をくだす。同じ計算を人的資源に対して行っていたとしても不思議はない。


 けれど、人的資源の内容物が変わるとは?

 損失優先度が下がったのなら、より人間的なアポカリプスに必要な人材となった? 

 あの日、見逃す直前までは、置いておくだけでリソースを圧迫する無用どころか害悪といってよかった存在が、見逃してからの二週間で生かしておくべき人的資源になった?


「それって……どんな?」


 両腕に絖瀬を抱きかかえたまま、黄泉寺は呆然と少女を見つめた。

 少女は、黄泉寺の見ている前で、九ミリ機関けん銃に予備弾倉を叩き込んだ。すぐに自分たちが落ちてきた天井の穴へと銃口を向ける。


「こっちだ!」


 男の声が、剥がれ落ちた天井が作るスロープの先から聞こえてきた。

 一拍の間を取り、少女は鋭く息を吐き、引き金を切った。

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