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ナンセンスェカイ軽体小説『ポポポポ』  作者: λμ
『外のスェカイ』
15/26

 正座してうなだれるるポポポ星人を見下ろし、黄泉寺はどうしたもんかと考えた。


「面目ないッス……」


 絖瀬のメソメソした声からして、叱りつけるのは逆効果である。かといって、任せっきりではいつまで待っても引き金は引かない。あるいは引けない。

 引かないのか引けないのか、あるいはその両方なのか。


「――えっとさ」

「は、はい!」


 絖瀬が跳ねるように顔をあげた。声色からしてまだ動揺しているのは間違いない。

 黄泉寺は責めるような調子にならないよう細心の注意を払って訊ねた。


「撃てない感じ? それとも、撃ちたくないとか、そういう感じ?」

「え……と……」


 絖瀬は気まずそうに後頭を撫でた。


「頑張って撃とうとはしてるんッスけど、なんていうか、手が震えちゃって……」

「マネキン相手でも?」

「れ、練習なのはわかってるッスよぉ。でもでも、いざ! っていこうとする指が動かなくなっちゃうッス……」


 暗い声で言って、絖瀬は右の手の平を見つめた。ぷらぷらと何度か振って、またマネキンに向ける。撃つ気なのかと黄泉寺はマネキンの方へと視線を滑らせた。


 約三十メートル先にいる、ズタボロの赤いワンピースに身を包んだマネキンは、突っ立てた中指をこちらに見せつけている。ダメージデニムならぬダメージワンピース――それもクリティカルダメージな雰囲気が終末感を強めていた。


 絖瀬はしっかりと狙いをつけ、左手を右手首に添え、撃とうとはした。じっと手を伸ばしていたからかプルプルと震え始め、やがて力なく手を下ろす。そしてうなだれる。


「なんでか、指が、動かなくなるんスよねぇ……」


 嘆くように漏らして縮こまる様は、まるで叱られて耳を垂らす犬のようだ。それはそれで可愛いとは思うのだが、同時になんとかしてやりたいと思う。


 黄泉寺は両手を腰に空を仰いだ。

 そもそも、今回の活動を提案してきたのは絖瀬である。

 やる気はあるのだ。克服しようと努力してもいる。撃つ体勢まではもっていけても、引き金だけは無理。自発的に動けなくなってしまうらしい。


 ――自発がダメなら他発はどうなんだろう、と黄泉寺は首を傾げる。

 たとえば隣に立ってやって、三、二、一、バン、なんて。


「……試すだけ試してみるか……?」

「はい?」


 ちょこんと小首を傾げる絖瀬に、黄泉寺は提案した。


「休憩がてら、アレでも吸ったらどうですか?」

「へ? アレ? って、ああ、VAPE」

「そうそう。吸うとリラックスするんでしょ? それで、その間に、俺はちょっとポポポメカに戻って、カメラ取ってくるよ」

「えぇぇぇぇ!? ひとりで待ってるなんて嫌ッスよぉ! スーツ半脱ぎのときに誰か来たらどうするッスかぁ! カメラ取りに行くなら、自分も行くッス!」


 ほとんど涙声で言いながら、絖瀬は黄泉寺の足にしがみついた。なぜだ。以前、絖瀬ひとりで活動していた頃も、スーツを半脱ぎしてVAPEを吸っていたのでは。頼りにされるのは嬉しいが、依存されるのは困る。


「やー……」


 言い訳を考えていなかった黄泉寺は咄嗟に思いつきで答えた。


「前も思ったんだけど、絖瀬さんがVAPE吸ってるとこ、画になるなぁって思って」

「自分ッスか?」


 自分の顔を指さしたまま絖瀬はしばらくそ固まり、やがて、モジモジしだした。


「そ、そうッスかぁ? えへへへへ……まいっちゃうッスよぉ」


 どういう訳かは黄泉寺には分からなかったが、上手く誤魔化せたことに違いはない。


「じゃ、ちょっと待っててね!」


 考える暇など与えんとばかりに黄泉寺はさっさと背を向けた。

 その背に絖瀬は「いってらしゃーい。早く戻ってきて欲しいッスー」と手を振った。

 黄泉寺はテキトーに相槌を打ちながら地を蹴った。

 空中で躰を前傾させて、左足から着地。同時に左踵の跳躍力調整ペダルを踏み込む。ほとんど同時にスーツの左足がエネルギーを開放する。


 黄泉寺の躰が、爆発的速度でもって前方に飛び出す。

 暴力的加速度下に身をさらされながらも黄泉寺は空中で体勢を整え、今度はペダルを踏まないように右足着地。すぐに加速度を生かしたまま跳ねる。そして左足着地時にもう一度ペダルを踏んだ。


 すでに常人を遥かに超える速度で飛翔していた躰がさらに増速、左足での着地とジャンプを繰り返す度、黄泉寺の躰は加速していく。


 バニーホップジャンプ――世界が壊れる前、黄泉寺が趣味でやっていた古いFPSのテクニックに酷似している、ポポポ星人型スーツ特有の高速歩行術である。


 ペダルを踏み込んだ際に発生する重量一〇〇キロのスーツを最大で高さ二十メートルまで跳躍させる力を、前進に転化しているのだ。


 その加速は空中にいる際の空気抵抗による減衰よりも大きく、ほんの数歩の内に時速二百キロ近くに達する驚異の技術――なのだが。


 何事にも、弱点は存在するものだ。


「うっぉぉぉぉぉぉおおおお!!?」


 地表を走る雷光と化した黄泉寺は、速度を落とすことなく、瓦礫の山に突っ込んだ。

 衝撃で瓦礫の山が地上に咲いた花火の如く爆裂し、躰は山を貫通し、地上で弾んで回転力を得る。黄泉寺は高速で飛翔しながらシングル、ダブル――ウンディカプルコークを決めてコンクリート柱に衝突、一瞬にしてヒビ入った柱の崩壊と共に、黄泉寺は頭からべちゃっと地に落ちた。


 バニーホップの弱点は、制御の異常な難しさにあった。

 そもそも生身で出せない速度の跳躍であり、踏み止まろうにも踵で着地すればペダルを誤操作してさらに跳ねてしまいかねない。ほとんど唯一とといっていい幸いは、


「このスーツがタフってことだわなぁ……」


 三半規管をこれでもかとばかりに揺さぶられた黄泉寺は、ぐわんぐわんと回転する天井を眺めながら呟いた。


 面白いけど、危ない。 


 黄泉寺は視界の回転が収まるのを待って躰を起こし、光学迷彩をかけて付近に駐機しておいたポポポメカ二号からカメラを回収、帰りは普通に歩いていった。


 ふと、バニホを教えてくれた絖瀬はなぜ事もなげにやってのけるのか、疑問に思った。

 しかし、黄泉寺はカメラの操作に夢中になり、疑問は脇に追いやられる。


 どこから雲が流れてきたのか日が陰ってきていた。

 それでも、画になる風景だった。


 壊れた世界をバックにVAPEの煙をくゆらせる赤い髪の少女。頭頂部だけ髪色が黒いままなのは趣味なのか単に伸びてきたからなのか、黄泉寺にはわからなかった。しかし髪色のコントラスト自体が時の停滞を象徴しているようで、なおさら美しく思えた。


 絖瀬は崩れかけたコンクリート壁に背中を預け、左手に薄い文庫サイズの本を持っていた。あの日、図書室から拝借した『異邦人』だ。


 銀色に輝くVAPEの筒と、日に焼けて端の赤茶けた本と、腰まではだけたポポポ星人型スーツとツナギが混然一体となっていた。


 黄泉寺はズームを少し強めて、シャッターを落とした。

 悪くない。でも、もう一枚。


 写真の美点は現実を残さないことにある。画角に収まるものだけを残し、写っているものが匂いや空気をつくり出す。それは理想化された現実だ。今日撮った写真を再び目にするとき、黄泉寺は辺りに漂う饐えたような臭気は思い出さないだろう。


 絖瀬が煙を吐ききるタイミングをじっと待ち、黄泉寺は一瞬を切り取った。


「……もう一枚くらい……いいかな?」


 許可は撮っていないが、怒りはしないだろう。

 そう勝手に断じて、今度は表情をメインに撮ろうとズームを強める。

 絖瀬は本から目を離し、VAPEを左手に持ち替え、右手の人差し指を見つめた。

 黄泉寺はピントを絞って被写界深度を浅くした。より鮮明にその姿を収めようとする。

 そして、気付いた。


 ポポポ星人型スーツの下にツナギを重ねていたので、相当に暑かったらしい。

 絖瀬の汗を吸い込んだ白いTシャツは、肌にぴったりと貼りついていた。うっすら透けて見える肌色と、はっきり分かる紫色。少し背伸びしすぎじゃないかと思わせる、大人な雰囲気。何がとは言わないが、おおきい。


 ごくり、と黄泉寺の喉が鳴った。


「い、一枚、一枚だけだから……」


 自分に向けてか絖瀬に向けてか曖昧な言い訳をしながら、慎重にレンズを絞った。

 そしてその時をじっくり、待つ。


 絖瀬が手に持つVAPEを口に咥え、空いていた手を、組んだ。腕という補助線によって胸が強調され、あまつさえ押し上げられている。柔らかそう――だ!


 刹那、黄泉寺は本能的に親指を滑らせ撮影モードを変更、シャッターを切った。


 バシャシャシャシャシャシャシャシャ!


 カメラの性能限界ギリギリ、秒間八コマの連射であった。

 得られた写真を確認して黄泉寺は心の底から思った。


 遠慮せずカタログスペック限界の一眼にしておけばよかった――。

 レンズも、望遠、単焦点の最高級品にしておけばよかったのだ――っ!


 黄泉寺は躰の一部が落ち着くのを待ってから何食わぬ顔で絖瀬の元へ駆け寄った。


「おまたせ、絖瀬さん」

「――遅いッス! 自分、ちょー不安だったッス。心配しちゃったッスよぉ?」


 絖瀬は口ではぶーぶー文句を垂れながらも、ぱっと花を咲かせるように微笑んだ。

 写真に残した物憂げな表情も好きだが、これはこれでと、黄泉寺は瓦礫に咲いた一輪の花へカメラを向けた。


「はわっ」


 と絖瀬が顔を隠すより早く、シャッターを落とした。ほとんど同時、


「ちょっ! 黄泉寺さん! 自分、お化粧もなにもしてないッスよぉ!」抗議と共に絖瀬が立った。「消して! 消して欲しいッス!」


 絖瀬はすぐさまカメラを奪い取りにかかった。

 黄泉寺は伸びてくる手を掻い潜りながら、「いーじゃん、ほら、可愛く撮れてるって!」などと言いつつ、写真をディスプレイに表示する。


 穏やかな笑みと、レンズに向きつつある流し目気味の無防備な表情。

 いいな、と黄泉寺は無意識の内に口元を綻ばせた。


「ほら、いいじゃん?」

「ぬぐむむむむむ……」


 唸る絖瀬は眉間に皺を寄せ、実に複雑な顔をしてディスプレイを睨んだ。満更でもないが満足しているわけでもない。そんな顔だ。


 と、絖瀬が何かを察した様子で操作ボタンに指を伸ばし、ページを戻した。

 ――時が止まった。

 ディスプレイに表示されているのは前に撮った写真、つまりズームと連射で撮影された、汗と陽光に透ける紫のブラである。


 絖瀬の視線が黄泉寺の顔に向かった。視線が絡む。黄泉寺は思わず目を逸した。絖瀬の指がさらにページを戻す。紫。戻す。紫。戻す、戻す、戻す――。


 絖瀬は視線を自らの胸元に落とすと、いそいそとツナギに袖を通して、一言。


「や、やー…………はははは、お、お見苦しいものを……」


 何を言っているのか。


「えっ、と、いや、お見苦しいどころか、ご馳走様ですというべきか……」


 俺は俺で何を言っているのか。

 二人は、再び視線を交錯させて、


「はははははははははは……」


 秋を先取りしたかのような、カラカラに乾燥した笑い声をあげた。徐々に笑い声が途切れはじめ、絶えると同時に二人は赤らんだ顔を伏した。


 重く、気まずい沈黙が流れる。当たり前だが、消さなきゃダメかと思う。

 いや、言われるまで自ら消さないという手もないことはない。

 もやもやした無音の世界――、

 を裂くように、鋭い破裂音が響き渡った。

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