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ナンセンスェカイ軽体小説『ポポポポ』  作者: λμ
『こちら人的資源および文化的資源損失課』
11/26

 ポポポ星人スーツの着心地は想像を余裕で上回る不快さだった。シャツに、ズボンに、そして肌に、ありとあらゆるところにネチョネチョと粘液が絡みつく。頭を突っ込む際には、もうどうにでもなれとヤケクソ精神を要した。たまたま今回はメガネはズレずに済んだが、もし落ちたりしたら、どう対処すればいいのだろうか。


 視界の方は、さすがに全天モニターとはいかないが、人間の視野角ギリギリくらいまでは確保している。また、ポポポメカと同じように、視界正面にHUDがあった。


「おっけーッスかぁ?」


 少々気抜けしそうな絖瀬の声に、黄泉寺は首を振った。意外なほど抵抗なく動く。

 問題は、腕と足だ。腕には指をかけられそうなフックがあり、足元にはペダルがある。


「おっけーですけど……これ、手と足、どうなってんですか?」

「あー、右足踵のペダルは武器の出力調整ペダルッス。左足のでジャンプとかの補助動力を調整するッス。思いっきりいかないと踏み込めないんで、そこだけ注意ッスよ」

「右が兵装で、左が補助動力……って、兵装?」

「スーツの右手の平がコラプサー弾頭射出口になってて、左手側には損失用の熱線放射機がついてるッスよ」


 言われたとおりに手を見てみると、四本指の手の平には、たしかに穴が開いていた。トリガーは人差し指固定で、指自体は残りで操作するらしい。


 ただ、初めて聞く単語がひとつ。


「コラプサー弾頭ってなんですか?」

「えーっと……原理はよくわかんないッスけど、武器ッスよ。命中した点から周辺二十五センチくらいがグシャって潰れて、吹き飛ぶッス」


 ……吹き飛ぶ?


「ぇ? なにそれ、怖くないですか?」

「ヤバイッスよ。自分も一回しか使ったことないッスけど、トラウマもんッス。完全に白兵戦用の武器なんで、できるだけ使うなってアポカリプサーさんも言ってたッスよ」


 なんで使っちゃいけないもんをつけるんだ、と黄泉寺は愚痴りそうになった。。

 周辺五十キロを廃墟に変換するようなミサイルを平然と放つアポカリプサーが、使用を控えろという。下手な脅し文句よりよほど効果がある。


 できるだけ使わないようにしよう、と黄泉寺は人差し指をトリガーから抜いた。指をかけっぱなしでは誤発射の危険もある。


『では、行きましょうか?』

「うぉあ!?」


 とうとつに頭の中に響いたアポカリプサーの声に、黄泉寺は首を左右に振った。


「あー、ビビるッスよね。骨伝導スピーカーッスよ」


 という軽い調子の絖瀬の声に続いて、『です』とまた頭の中で声がした。


「つくづく、なんでもありだな、アポカリプサー」

『では、外に出てみましょう。背中を壁に沿わせて、動かないでいてください』


 黄泉寺と絖瀬が言われたとおりに壁に背を当てると、ぐるりと壁が回り、周囲が闇に包まれた。かと思うと、すぐにマイナスGを感じた。下降、あるいは落下したのだ。横に振られ、眼前の壁が開く。外光の眩しさに黄泉寺は目を細めた。モニターが光量の調整を終えた。外だ。ポポメカ二号の横っ腹から出たらしい。


「えっと、絖瀬さんは……」

「こっちにいるッスよー」気の抜けた声が続ける。「えっと、頭の方で合流ッス」

「あ、了解です」


 答えた黄泉寺は違和感に顔を歪めた。視界が普段より三十センチは高くなっており、躰のバランスを取るのが難しい。踵の下にペダルがあり、また靴底が高いせいで、まるで空き缶の上でつま先立ちをしているような感覚だ。


「これ、すげぇ歩き難ぃ……」

「あははー。わかる。わかるッスよぉ? なんだか厚底ハイヒールって感じっすよねぇ」


 微妙に感覚が違うが、だとしたら女子ってすげぇ、と黄泉寺は唸った。

 竜の首の下から現れたポポポ星人スタイルの絖瀬が、半壊した校舎を指差した。


「それじゃ黄泉寺さん。レッツラゴー! ッスぅ!」

「あ、はい」


 外に出た途端、えらく元気になったものだ。しかしわからないでもない。人の目を見て喋るのは昔から苦手だったし、それはきっと絖瀬も同じなのだろう。


 黄泉寺は不気味な立ち姿と化した絖瀬の後ろに続いた。

 校舎に近づくにつれ、黄泉寺は自分がそれなりに不健全な高校生だということを思い出した。やましい気持ちがないとは言わない。なにしろ昨日レンズ越しに目を奪われて思わずシャッターを切ってしまった少女が、今は前を歩いているのだ。


 だが黄泉寺は、性欲よりも自分の想像力のたくましさに怖気を感じていた。

 厚底のハイヒールみたいだ、という絖瀬の言葉がそうさせるのか、艶めかしく感じるのである。前を歩く、どこからどう見ても異星人にしか見えない絖瀬の、尻の動きに、どうしても目がいってしまう。


 しゃなりしゃなりと動く足と、よく見れば微妙に内側で肉が動いていることを示す緩やかな膨らみと――黄泉寺はテラテラとぬめり輝くミッドナイブルーの肌の向こうに、絖瀬の生のそれを想像してしまうのだった。


「それじゃ黄泉寺さん、入りましょっか? ……黄泉寺さん?」

「はっ!? は、はい!」


 完全に絖瀬の尻に気取られていた黄泉寺は、慌てて顔を上げた。

 絖瀬が不思議そうに首を傾げる。


「大丈夫ッスかぁ?」

「だ、大丈夫! 大丈夫、です!」


 あまり大丈夫ではなかった。どうやら症状は重篤らしく、ポポポ異星人ヅラの向こうに赤い髪をまとめたメガネの少女を幻視する。


 俺はどうしちまったんだろうか、と黄泉寺は顔を叩き――叩こうとして、ブゾン、と奇妙な感触を手の平に得た。


 

 無人の、それも半ば廃墟と化した校舎というのは、どこか物悲しいものだ。一旦はいくらか人が逃げ込んできた痕跡があれば、なおさらである。意図せず壁や天井に穿たれた穴のせいなのか、ひゅうひゅうと風の吹き抜ける音がしていた。


 前を行く絖瀬が足を止め、教室の扉に手をかけた。開くのかと思いきや、バキバキと音を立てて押し倒す。薄い扉がゆっくりと倒れ、その音が廊下に響いた。


 一箇所に集められた椅子と机と、黒板に書かれたいくつかのメッセージ。日付からするとつい二ヶ月前までは避難者がいたのだろう。見れば、床に毛布や缶詰の空き缶もある。


 黄泉寺の見つめるモニターが、空き缶に緑色の四角いフレームを当てはめた。カメラの顔認証システムにも似たフレームの端に、アポカリプサーによる判定結果が表示された。


「……損失優先度……B……!?」


 予想を超える判定値の高さに、黄泉寺は声を大きくしていた。

 絖瀬がハハハと乾いた声を上げながら、損失判定度Bの缶を拾った。


「意外ッスか? これ、空き缶だからッスよ」

「は? 空き缶だから? それって、どういう……」

「そのまんまの意味ッスよ? たとえば――」絖瀬はがらんとした教室を見渡して、似たような缶詰を指差した。「ほら、あれとかどうッスか?」


 緑色のフレームが缶詰を捉える。表示された判定値は、


「……Cマイナス……? なんで? 何がどう違うんですか?」

「こういうことっスよ」


 絖瀬は缶詰を拾い上げ、黄泉寺に投げ渡した。受け取ると同時に感じる重み。銀一色で何の缶詰か不明だが、中身は入ったままらしい。


 だから? と顔をあげると、絖瀬が缶詰の中身を捨てるような仕草をしてみせた。指示された通りにプルトップを開けようと試みるものの、太い異星人スーツの指は入らなかった。仕方なく一番細い小指の爪を引っ掛ける。慣れない指使いに指がつりそうだった。


 缶の中には、親指大のグロテスクな黒い塊がいくつか入っていた。


「なんだろ……貝かなんかかな?」


 呟くと同時に、判定値が変動した。Cマイナスから、Dマイナスに。これより下は損失不要を意味する『F』か、表示されないという状態しかない。


 絖瀬は両手を腰に当て、片足に体重を預けた。


「中身、捨ててみて欲しいッス」

「あ、そうか」


 黄泉寺は内心でもったいないと思いつつ中身を捨てた。また空き缶の判定値が変動した。


「……上がった……? なんで?」

「これは自分の推測ッスけど、多分、ポストアポカリプスで真っ先に必要になるのは保存食で、空き缶じゃないからッスよ」

「なるほど……って、え?」


 絖瀬の推測の主旨はわかる。ポストアポカリプスで最も深刻になるのは世界人口の壊滅的減少と、それによる生産能力の著しい低下だ。特に、生きていく上で必要不可欠となる食料の生産能力は極端に低下する。


 現代人の多くは狩りも農業もロクに経験していない。人的資源の損失判定においても食糧生産者あるいは生産能力を後々に獲得するであろう人材は判定値が低くなりがちだ。


「――でも、空き缶になると上がるってのは……?」

「さぁ……? 多分、資源そのものだからじゃないッスかね? すぐには役に立たないけど数を集めると役に立つとか……? 缶のパッケージのが損失判定高かったりするんで、ちょっとよく分からないッスね。もしかしたら、情報そのものが重要なのかもッス」


 黄泉寺が首を傾げるのを見て、「だってほら」と、絖瀬は黒板を指さした。


「メッセージが書いてあったりすると、判定値が微妙に上がるッス」

「……?」


 やはり意味がわからず、黄泉寺は首を傾げる。

 黒板には色とりどりのチョークで連絡先やメッセージが書かれているが、損失優先度は表示されていない。つまり壊すべきでも、残すべきでもない、『なんでもない』物だ。


「あれ? 黄泉寺さんの方だと、判定値が出てないッスか?」

「えぇと、うん。そうみたいですね。なんでしょう? ポポポメカとかと同じで優位度が違うとかですかね? 絖瀬さんの方だとどれくらいで出てるんですか?」

「えと、自分のでは、メッセージ一個一個に判定値が出てるッス。だいたい、どれもBマイナスからCプラスくらいで……」

「へぇ……って、そんなに高いんですか!?」


 黄泉寺は思わず黒板のメッセージを二度見していた。書かれているメッセージは『私は無事だよ』だの『市役所に行ってみます』だの、生存を伝えるものや行き先を書き残しているものだけで、それほど重要とは思えない。


 しかし、損失判定値が高いということは、いちいち消して回れという意味か。生存者同士でしか通用しないであろうメッセージを消す意味がどこにあるのだろうか。


 以前からアポカリプサーの判定は理解し難かったが、それでも黄泉寺と絖瀬の間で損失不要から判定値Bマイナスまでの落差があるのは不自然である。


「なんか、消しちゃうのもったいないような気がしますし、ちょっと聞いてみますか」


 と、黄泉寺がアポカリプサーを呼び出そうとした瞬間、


「待った! ……ス」


 絖瀬が手のひらを突きだし、それを止めた。


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