07 手負いの狼。
それから数日。私はマンクットンソースの作り方を教えたり、狩りに勤しんだ。マンクットンソースは、村中に大好評だ。オークの口に合って何より。
狩りの方は、もちろん無駄な殺生はしないで、材料をかき集めた。
例えば羊みたいな生き物の角だけをいただいたり、拾ったり。
朝飯前の狩りで仕留めた獲物は、毛皮を剥いだ。角と尻尾も忘れない。
「じゃあブルーノの街に行ってきます」
束ねた荷物を背負って出発した。
一応、またバンダナをつけて角と耳を隠しておく。
今日は硬いパンと燻製にした肉を三個ずつ持ってきたので、イン店長さんの前でまたお腹を鳴らすことはないだろう。
お肉が好きなら、お礼にあげようっと。
ルンルンな足取りで、街に向かって歩いた。
「……!」
すると聞こえてきた獣達の呻き声。
何やら騒がしい。近くで喧嘩でもしているのだろうか。
ちょっと覗いてみることにして、街に行く道を外れて森に入った。
声に近付いていけば、魔獣を見付ける。イノシシ型の魔獣が五匹はいた。
その魔獣が囲うのは、大きな大きな狼だ。毛は茶色と白。超大型犬より大きい狼は、追い込まれているし前足が血に濡れていた。絶対絶命のピンチって感じだ。
どうしたものかと、ちょっと考える。
食うか食われるかの世界。首を突っ込んでもいいものか。
いやでも助けたいって気持ちが強いので、私はそれに従うことにした。
「コラー!!!」
大声を出して、注目を集める。
「魔獣よ! 成敗してくれる!!」
勢いよくジャンプをして、魔獣達の前に出た。
言葉はもちろんのこと通じていない。
魔獣は突進して牙で攻撃しようとした。
「ティフォー!!」
マゾンより小さなイノシシ型魔獣は、巻き起こったハリケーンに森の奥に吹き飛んだ。
ふっ、他愛もない。
「大丈夫?」
「グルルッ」
後ろを振り返ったが、当然「助けてくれてありがとう」って言葉もなければ、そんな態度ではなかった。手負いの獣らしく、私を警戒して牙を剥き出しにしている。
そんな狼の凄みは、なんだかギンの凄みで慣れてしまっているのか、あまり危機を覚えなかった。
それにしても大きい狼だ。私のこと乗せて走れるほど大きいんじゃないか。
狼ってこんなに大きい生き物だっけ。この世界、特有なのかな。
「んー。傷は深くなさそう。薬草探して塗ってあげるから、ちょっと待ってて。待っててよ?」
言い聞かせてから、私は薬草を探して森を進んだ。
薬草で擦り傷や怪我を癒すことは常識な現世。すぐに薬草を見付けて摘んだ。
戻ってくれば、狼は動いていなかった。良い子だ。
「もうすぐだからねー」
笑いかけるも、ギロリと黒に染まった金色の瞳は、私を睨んでいる。
でも作業を続けた。薬草を両手でこねくり回せば、ツーンと鼻をつく匂いがする液が出てくる。それを血が出ている前足に重ねようとしたら。
「ガウ!」
吠えられた。距離が近過ぎて、流石にびっくり。
「大丈夫、薬だから」
通じてないと思うけれど、言いながらトライ。
唸りつつ私を見張る狼は、傷に触れられるとビクッと震えた。
「よし、えらいね」
荷物から一枚毛皮を取って、それで前足を巻き付ける。
痛かったようで「グルルッ」と唸ったが、これでおしまい。
「これでいいよ。あとは安静にしてれば、すぐ治っちゃう」
薬草の効果は抜群だ。
身を持って知っているので、ウインクして見せた。
立ち上がって、荷物を漁って一つの肉を取り出す。
「これあげるね。もう襲われないといいんだけれど……」
葉っぱを摘んでから、その上に置いてあげる。
じっと狼は肉を見つめた。ちらりと私を伺うように見てきたので、いいんだよって示すように微笑んだ。でも食べようとしない。
だから私は食べられるものだと示すために、一つ肉を取ってかじった。
うん、ビーフジャーキーと同じだ。美味しい。
すると、がじり。狼は燻製にした肉にかじりついた。
「お口に合ったらなら何より。じゃあ私は行くね。気を付けて」
ばいばいーっと手を振って私は荷物を背負い、道に戻る。
肉をかじっては千切って咀嚼をした。もぐもぐ。
少しして後ろから何かついてくる気配がしたから、振り返ってみればギョッとしてしまう。
狼がいたのだ。立っていると余計大きく見えた。
「どうしたの!? お肉はもうあげられないよ?」
というか怪我は大丈夫なのか。
私は確認した。うん、出血は酷くなってはいないようだ。
餌付けに成功してしまったのだろうか。でも塩漬けしたお肉を頬張るのは、あまりよくない気がする。気に入っても、もうあげない方がいい。
「え? 何? ついてくるの? 私、人間の街に行くんだけれど」
歩き続ければ、後ろを歩いてくる狼。
流石にこんな大きな狼を街に入れるわけにはいかない。
そこまでついてきたりしないよね。
荷物を奪われないよう気にしながら歩いていく。
狼は黙ってついてきた。
夜になって、手頃な場所で野宿する。
それでも狼はいた。しょうがないな。
肉を半分こしてあげれば、今度はあっさりと食べた。
パクリ、ガムガム。
それでも去ろうとしなかった。そのまま丸くなって寝てしまったものだから、私は怪我をまた確認して、それから凭れさせてもらう。
もふもふである。獣の匂いがするけれど、嗅ぎ慣れたものでしみじみ野生的だなと思いつつも眠った。
空は満点の星空だった。
朝焼けで目覚めた私は背伸びをして、起き上がる。
狼も起きて、大欠伸をした。
大きなお口である。
朝食は硬いパンを分け合って食べた。
狼はじっと荷物を見つめてきたので、お肉はあげないと伝えておく。
出発。狼は言わずも、ついてきた。
「もうつくけれど……本当についてきちゃだめだよ?」
何度も振り返っては、私は釘をさす。
もう街の門が見えてきた。こんな大きな狼をつれて闊歩すれば、注目を浴びてしまう。オークだってバレる。オーク歓迎かわからない街だし、イン店長さんみたいな人間ばかりではないはず。何より、人間を食べそうなこの大きな狼を歓迎しないだろう。
門前払いをされては、目的を果たせない。
むむむっ。
どうしたものかと悩んでいれば、ふと振り返るといない。
「あれ!? ど、どこ……えっ?」
あの大きな身体を探してキョロキョロしたら、見付ける。
下の方に、ちょうどいいくらいの小型犬サイズがいた。
「……おう? 変身した!?」
狼だ。同じ目をしている。黒と金色。
そして白と茶色の毛。包帯がわりに使った毛皮をくわえている。
これでいいだろ、と言わんばかりの顔。
「な、何者? 君……」
普通の狼は、魔法を使わない。それは知っている。
じゃあただの狼ではないの?
じとりと見下ろしたが、返答がこない。
睨み合いっこをしている場合ではないか。
これなら犬連れの旅人だ。問題ない。
「じゃあ行こう!」
先ずは市場に行って、毛皮や牙を売りにいく。
門をくぐって、川のそばまで駆けていった。
青い桜の花びらが注がれる橋を渡って、街の中心部近くの市場に到着。
「おじさんっ! 毛皮買わない!?」
何人か声をかけると、怪訝な顔をされた。こっちが商売しているのだと追い払われたが、逆に買う商売をしていた人に行き当たり、お金と引き換えに交換してもらえる。
懐を満たした私は、イン店長さんの店を向かった。
あー。店の中に狼入れちゃだめよね。流石に。
ずっとついてきた狼を振り返る。
店の前で、とりあえず「待てって」と言ってみた。
そして、ベルを鳴らすドアを閉める。
「いらっしゃいませ……」
また眠そうな声が聞こえた。
「イン店長さん。ナヒメです。こんにちはー」
挨拶をしていると、後ろのベルが揺れる。見てみれば、ドアは開いていない。でもベルが震え続けている。小さな狼が、ノックをしているみたいだ。
「ナヒメちゃん? こんにちは。……どうしたの?」
「その、怪我していた狼を助けたら、ついてきてしまいまして……」
気怠そうなイン店長さんが出てきた。
ふんわりした髪とローブ姿。
「あー懐かれちゃったのか。いいよ。入れても」
「あ、ごめんなさい、イン店長。じゃあ……」
ドアを開けば、するりと入ってきた。
キョロッとすると私の足元でおすわりをする狼。
「狼の子ども……?」
「いえ、大きな大きな狼でした。それが変身して小さくなったんですよ」
教えたら、眠そうに細められた瞳が大きく開かれた。
「じゃあ狼じゃなくて……幻獣じゃないかい?」
イン店長さんの言葉を聞いて、私はキョットンとする。
「げんじゅう?」
「そう」
「この子が!?」
「そう」
ギョッとしてしまう。
足元の狼の脇を持ち上げて確認しても、イン店長さんは頷く。
幻獣はその名の通り、幻の獣。目にすることは、滅多にない希少な存在。
「幸運だね。何かいいことあるんじゃないかな」
「むしろ悪いことが起きるんじゃないでしょうか。一生分の幸運を使い果たした気が……」
「後ろ向きだね……」
そっと幻獣を下ろす。通りで変身出来たわけだ。
私が助けなくてもどうにか切り抜けられたんじゃないだろうか。
じっと見下ろしていれば、イン店長さんは首を傾げた。
「決闘は悪い結果だったのかい?」
跳ねるように顔を上げて、私はにんまりと笑みを浮かべる。
きっと牙がはみ出て見えただろう。
物語に幻獣を出す癖がつきました。
20181010